第32話 姉がくれたもの(グリフィス視点)
翌日、相談所はすぐに閉鎖された。一連の出来事を多くの利用者が見ていたこともあり、大きな混乱には至らなかった。
当のアゼリアは「再開してすぐに閉鎖だなんて……」と悔やんでいたが、こればかりは仕方がない。事件の詳細を公にすれば、図書館の利用者は減り、維持していくことが困難になる。
それは周りも求めていない。アゼリアの安全が確保されれば再開する、という名目で閉鎖せざるを得なかったのだ。
あとは……タロットカードのことである。アゼリアの手に戻ってきた後も、使用してほしくない、というのが私の我が儘でもあった。
タロットカードは相変わらずウルリーケの魔力を感じるものの、以前のようにアゼリアへと移動している様子は見られなかった。それはただ単に、占いをしていないから、だと思っている。まだ、推測でしかないが。
けれど一番危惧しているのは、第二、第三のマックスのような男が現れることである。捕えた黒いフードの男たちの背後を探ってみたが、さすがウルリーケを狙うだけあって、尻尾を掴ませてはくれなかった。
そんな状況の中、私は魔塔と図書館を行き来しながら、それらの処置に追われていた、というわけである。こんな身動きが取れない状態で、またアゼリアに何かあったら、と思うと、仕事に集中することができなかったのだ。
幸いにも館長が調整してくれたお陰で、お昼時間はアゼリアと共にできたり、退勤時間も一緒に帰れるように仕事を分散してくれたりと、頭が下がる思いだった。
「私は私で、グリフィスのウサギ姿を堪能できて嬉しいんだけど、ちょっと心配になるわ」
図書館の応接室で、アゼリアと昼食を共にしていると、頭上から声が聞こえてきた。そう、ここ最近の私は、アゼリアの前ではよくウサギの姿に戻ることが多くなっていたのだ。
魔塔の仕事に追われて疲れている、ということもあるが、一番はこの姿でいると、アゼリアとの距離がとても近くなるからだった。今も彼女の膝の上で昼食をとっている。
格好悪いとか、惨めだとか。そんなことを考えている余裕はない。アゼリアの匂いと温もりに、癒されたかったのだ。
「元の姿に戻ってしまうほど、疲れているってことでしょう?」
「疲れているには疲れていますが、今はどちらかというと、意図的に戻っていますので問題はありません」
「……この姿の時のグリフィスって、時々可愛いことを言うわよね」
どの辺が、と言い返そうとした瞬間、頭を撫でられてしまった。アゼリアこそ、この姿でいる時とスキンシップが多くなる。膝の上には、私が乗るのではなく、いつもアゼリアが乗せてくれるのだ。
「そういえば、館長から聞いたんだけど、マックスを魔塔の管理下に置くって本当なの?」
「黒いフードの男たち同様、彼も魔術師ですから、それが妥当だと思ったまでです」
「てっきり、重い判決を下すんじゃないかって思っていたから、安心したわ」
「……それは、あの男に気があったからですか?」
図書館で働き出しても、相談所を開いても、特定の誰かに固執することはなかった。それにあの男は人間だ。私とは違い、アゼリアと同じ……。
「過去に行きたいって、マックスは願っていたでしょう? 私もこの世界に来る前に思ったの。ただ毎日仕事をして、職場と家を往復するなんて、つまらないなって」
「別の世界、もしくは別の人生を歩んでみたかった、ということですか?」
「うん。でも思った以上に、それは大変だった。グリフィスに支えてもらって、ようやく歩いていけていたから。それをマックスにも知ってほしかったの。前に進んでも、後ろを向いても、大変なことには変わらないってことを」
この優しさ、安心感にあの男も惹かれたのだろう。声のトーンさえも、心が解れていく。
「……更生するかな?」
「それは彼次第です。図書館の職員に対しての危害。建物の損傷。禁書区画への侵入を試みた件も、また罪になります。あとは窃盗ですね。こちらはアゼリアだけでなく、禁書区画からタロットカードを召喚しようとしましたから、こちらも該当します」
「で、でも、どれもそこまで大きな罪ではないんでしょう? ラモーナたちだって軽傷だし、タロットカードだって戻ってきたんだから」
「だから、魔塔の管理下に置いたんです。罪は重くなくとも、やろうとしたことは危険ですから」
「つまり、見せしめってこと?」
驚きのあまり、思わず見上げた。
「だって、これまでにも禁書は狙われていたって、ラモーナから聞いていたから」
「あっ、そういう意味ですか。けれど、それも含んでいますね。魔塔の中にもいない、とは限りませんから」
「……大変そうね、魔塔というところも」
「研究熱心なものたちが多いですから。その反面、罪人の処理には適しています。魔塔は常に、人手不足なんですよ」
実験という意味だが、敢えて言う必要はないだろう。おそらくアゼリアは、違う意味で受け取るだろうから。そのため、一応釘を刺しておく。
「だから、魔術師である彼は適任ともいえます」
「それは残念だわ。私も手伝えるかと思ったのに」
ほら、やっぱり。
「アゼリアにはアゼリアにしかできないことがあります。彼、いえ魔塔のことは、こちらに任せてください」
「うん。周りにも言われたことだけど、今はグリフィスのサポートに専念するわ」
「それは有り難いです」
アゼリアが再び、優しく背中を撫でてくれる。甘えるのは苦手だが、この姿だとつい本能が刺激される。気がつくと、アゼリアに向かって両手を上げていた。
「えっと……」
最初は躊躇っていたが、動かない私の姿に観念した様子だった。私の体を持ち上げ、その腕の中に納めてくれる。
ウルリーケが選んだというのは癪だが、今では素直に思う。素敵な贈り物をくれたのだと。




