第31話 本当に対立していたのは
「キャッ!」
目を瞑ると同時に、衝撃音が耳に入る。何かが何かにぶつかったのにもかかわらず、振動が来ない。しかし再び激しい音が鳴る。
魔術や獣人が存在する異世界に来て一年。色々なものに慣れたとはいえ、戦闘は体験したことがない。自分に力がないから、というのもあるけれど。ずっと……グリフィスが守ってくれていたからだ。
お陰で、この世界を嫌いにならずに過ごせていた。けれど今は……怖い。
「大丈夫です。アゼリアがいるためか……向こうも本気で攻撃しているわけではなさそうなので」
「えっ? どうして?」
「……さぁ?」
シレっというグリフィス。マックスの攻撃を防ぎながら、私の心配もしてくれているのだ。素っ気ない返答でも仕方がないと思う。だけど……妙な違和感があるのは確かだった。
「ともかく、ラモーナたちへの攻撃も再開してしまったようなので、こちらものんびりしていられなくなりました」
グリフィスの言う通り、さっきと比べると、物音が大きくなったような気がした。すると、頭上から温かいものが触れる。それがなんなのかは分からないままでいると、急に体が温かくなったように感じた。
グリフィスの行為が恥ずかしかったのは確かだけど……これは、何?
「さすがにこれは気づきましたか」
「一体、何をしたの?」
「今までかけていた保護魔術は、効果が薄いものだったんです。けれど、もうバレているわけですから、強力なのをかけておこうかと思いまして」
「ありがとう……でも」
今は戦闘中でしょう? と視線をマックスの方へ向けた途端、攻撃が飛んできた。元いた世界に魔術はない。けれどゲームでは見たことがあったため、ある程度は予想ができた。
だけど……まさか火の玉のようなものが飛んでくるなんて、誰が予想しただろう。
その奥にいたマックスが、しまったとでもいうような顔と共に、何かを叫んでいる。しかし、巨大な火の玉を前に、耳を傾けている余裕はない。
咄嗟にグリフィスが私の腕を掴んだが、火の玉の方が速かった。いや、それよりも速く、別のものが割り込んで来た。
「えっ」
私の目の前に現れた一枚のカード。裏面しか見えなかったが、見慣れた紫色を見て確信した。あれは奪われたタロットカード。そう、グリフィスのお姉さんが封じられているものだと。
それがどうして目の前に、と思っていると、カードから突然、凄い量の水が勢いよく飛び出した。勿論、迫りくる巨大な火の玉に向かって。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
お陰で大量の水蒸気が発生し、辺り一面、見えなくなってしまった。グリフィスは未だ、私の腕を掴んだままでいるため、傍にいるのを感じる。だけど、対面していたマックスや黒いフードの男たち。ラモーナや他の職員たちがどうなったのか、までは分からなかった。
「どうしよう」
「大丈夫です。彼らも魔術師ですから、自衛はできます。それよりも、今のは……」
「あっ、そうだった。突然、このカードが現れて」
役目を果たしたカードは今、私の手の中にある。そっと表を捲ると『THE MAGICIAN』(魔術師)のカードが、顔を出した。
得意げに片手を上げる白いウサギ。いや、グリフィスのお姉さんである、稀代の魔女、ウルリーケの姿が目に入った。タロットカードの始まりは、ゼロ番の『THE FOOL』(愚者)だけど、一番である『THE MAGICIAN』(魔術師)は始まりを表すカードだ。
準備が整い、いよいよスタートする、大アルカナの物語。だけど、封じられているウルリーケが魔術師だということを考慮すると、もしかして……。
「ウルリーケが、自分の意思でアゼリアを守った、ということでしょうか」
「たった、一枚のカードで?」
「アゼリアにウルリーケの魔力が一時期ありましたから、おそらくシンクロさせたのかもしれません。あとはそうですね。直前に私が魔術をかけましたから、その力も使ったのでしょう。折角かけた保護魔術が綺麗になくなっていますから」
結果的に良かったことなのに、なぜかグリフィスは不服そうな顔で、再び私に保護魔術を施してくれた。けれど、ウルリーケはそれも視野に入れていたのだろう。
まるでグリフィスの魔力を、私を介して使用したのか、『THE MAGICIAN』(魔術師)のカードが光り出した。すると、周りに充満していた水蒸気を、一気に巻き上げる。
『THE MAGICIAN』(魔術師)のカードが私の手を離れ、上空に向かった途端、白いウサギが持っている杖が呼び出したかのように、他のカードたちが集まって来た。
「折角、手に入れたカードがっ! どこへ行く!」
思ったよりも近くにいたのか、マックスの声が聞こえた。近寄ろうとすると、グリフィスに肩を掴まれる。
「お願い、行かせて」
「……ダメだといいたいところですが、ウルリーケも見ていることですからね。なにかあれば、私も容赦するつもりはありません」
最後の言葉は、どちらかというと、マックスに言っているかのように感じた。だからなのか、マックスが床に手を付きながらも、私たちの方に顔を向ける。
「今更、何かするつもりはない。どうせ、またカードを手に入れたとしても、あぁやって拒否するか、逆にそこにいる魔塔の主のように攻撃されるのがオチだからな」
「分かっているようで安心しました」
「グリフィスっ!」
二人が相容れぬ立場であることは分かるけど、どうしてそんなに険悪なの? 歩み寄ることはできないけれど、普通に話すことくらい、できるでしょう?
「……まったく。過去に戻りたい気持ちは、私だってあるから、理解はできる。でも、相手の物を奪ってまでやることじゃないと思うわ」
「分かっている。こんなことをしたって、仮に過去に戻ったとしても、同じことを繰り返せば意味がない。今の仲間たちを変えられないように、家族を変えることだって、俺にはできなかったんだからな」
「ルノルマンカードには、その過去が清算されたって出ていたわ」
「……どうやって清算したのか、分かっていなかったんだな」
「えっ」
思わず、最悪な想像をしてしまい、口元を手で隠した。
「アゼリアに嫌なことを連想させないでください」
「甘いな。そうやってなんでも庇護するから、俺みたいなのに騙されるんだ」
「……否定はしません。ですが、これが私の妻に対する愛情ですから」
「っ!」
突然の発言に、私の頭の中は一気に、グリフィスの言葉で埋め尽くされた。口元を事前に隠しておいて良かったと思えるほどに。
「……俺に足りなかったのは、そういうところだった、というわけか」
「マックス?」
「惨敗だな。魔術の腕も、男としても。あわよくば、俺の女にして、こっち側に引き込もうとしたのによ」
「なっ!」
こ、これでも一応、人妻なのよ、私。偽装結婚だけど。それでも! この世界であれだけお世話になっておきながら、グリフィスの元を離れるなんて、できるわけがないでしょう!
「残念ながら、仮にそうなったとしても、手放すつもりはありませんから」
「そうかい」
マックスは納得した様子だったけれど、私は……その場にそぐわないくらい、顔が火照って仕方がなかった。




