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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

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第31話 本当に対立していたのは

「キャッ!」


 目を瞑ると同時に、衝撃音が耳に入る。何かが何かにぶつかったのにもかかわらず、振動が来ない。しかし再び激しい音が鳴る。


 魔術や獣人が存在する異世界に来て一年。色々なものに慣れたとはいえ、戦闘は体験したことがない。自分に力がないから、というのもあるけれど。ずっと……グリフィスが守ってくれていたからだ。


 お陰で、この世界を嫌いにならずに過ごせていた。けれど今は……怖い。


「大丈夫です。アゼリアがいるためか……向こうも本気で攻撃しているわけではなさそうなので」

「えっ? どうして?」

「……さぁ?」


 シレっというグリフィス。マックスの攻撃を防ぎながら、私の心配もしてくれているのだ。素っ気ない返答でも仕方がないと思う。だけど……妙な違和感があるのは確かだった。


「ともかく、ラモーナたちへの攻撃も再開してしまったようなので、こちらものんびりしていられなくなりました」


 グリフィスの言う通り、さっきと比べると、物音が大きくなったような気がした。すると、頭上から温かいものが触れる。それがなんなのかは分からないままでいると、急に体が温かくなったように感じた。


 グリフィスの行為が恥ずかしかったのは確かだけど……これは、何?


「さすがにこれは気づきましたか」

「一体、何をしたの?」

「今までかけていた保護魔術は、効果が薄いものだったんです。けれど、もうバレているわけですから、強力なのをかけておこうかと思いまして」

「ありがとう……でも」


 今は戦闘中でしょう? と視線をマックスの方へ向けた途端、攻撃が飛んできた。元いた世界に魔術はない。けれどゲームでは見たことがあったため、ある程度は予想ができた。


 だけど……まさか火の玉のようなものが飛んでくるなんて、誰が予想しただろう。


 その奥にいたマックスが、しまったとでもいうような顔と共に、何かを叫んでいる。しかし、巨大な火の玉を前に、耳を傾けている余裕はない。


 咄嗟にグリフィスが私の腕を掴んだが、火の玉の方が速かった。いや、それよりも速く、別のものが割り込んで来た。


「えっ」


 私の目の前に現れた一枚のカード。裏面しか見えなかったが、見慣れた紫色を見て確信した。あれは奪われたタロットカード。そう、グリフィスのお姉さんが封じられているものだと。


 それがどうして目の前に、と思っていると、カードから突然、凄い量の水が勢いよく飛び出した。勿論、迫りくる巨大な火の玉に向かって。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 お陰で大量の水蒸気が発生し、辺り一面、見えなくなってしまった。グリフィスは未だ、私の腕を掴んだままでいるため、傍にいるのを感じる。だけど、対面していたマックスや黒いフードの男たち。ラモーナや他の職員たちがどうなったのか、までは分からなかった。


「どうしよう」

「大丈夫です。彼らも魔術師ですから、自衛はできます。それよりも、今のは……」

「あっ、そうだった。突然、このカードが現れて」


 役目を果たしたカードは今、私の手の中にある。そっと表を捲ると『THE() MAGICIAN(マジシャン)』(魔術師)のカードが、顔を出した。


 得意げに片手を上げる白いウサギ。いや、グリフィスのお姉さんである、稀代の魔女、ウルリーケの姿が目に入った。タロットカードの始まりは、ゼロ番の『THE() FOOL(フール)』(愚者)だけど、一番である『THE() MAGICIAN(マジシャン)』(魔術師)は始まりを表すカードだ。


 準備が整い、いよいよスタートする、大アルカナの物語。だけど、封じられているウルリーケが魔術師だということを考慮すると、もしかして……。


「ウルリーケが、自分の意思でアゼリアを守った、ということでしょうか」

「たった、一枚のカードで?」

「アゼリアにウルリーケの魔力が一時期ありましたから、おそらくシンクロさせたのかもしれません。あとはそうですね。直前に私が魔術をかけましたから、その力も使ったのでしょう。折角かけた保護魔術が綺麗になくなっていますから」


 結果的に良かったことなのに、なぜかグリフィスは不服そうな顔で、再び私に保護魔術を施してくれた。けれど、ウルリーケはそれも視野に入れていたのだろう。


 まるでグリフィスの魔力を、私を介して使用したのか、『THE() MAGICIAN(マジシャン)』(魔術師)のカードが光り出した。すると、周りに充満していた水蒸気を、一気に巻き上げる。


 『THE() MAGICIAN(マジシャン)』(魔術師)のカードが私の手を離れ、上空に向かった途端、白いウサギが持っている杖が呼び出したかのように、他のカードたちが集まって来た。


「折角、手に入れたカードがっ! どこへ行く!」


 思ったよりも近くにいたのか、マックスの声が聞こえた。近寄ろうとすると、グリフィスに肩を掴まれる。


「お願い、行かせて」

「……ダメだといいたいところですが、ウルリーケも見ていることですからね。なにかあれば、私も容赦するつもりはありません」


 最後の言葉は、どちらかというと、マックスに言っているかのように感じた。だからなのか、マックスが床に手を付きながらも、私たちの方に顔を向ける。


「今更、何かするつもりはない。どうせ、またカードを手に入れたとしても、あぁやって拒否するか、逆にそこにいる魔塔の主のように攻撃されるのがオチだからな」

「分かっているようで安心しました」

「グリフィスっ!」


 二人が相容れぬ立場であることは分かるけど、どうしてそんなに険悪なの? 歩み寄ることはできないけれど、普通に話すことくらい、できるでしょう?


「……まったく。過去に戻りたい気持ちは、私だってあるから、理解はできる。でも、相手の物を奪ってまでやることじゃないと思うわ」

「分かっている。こんなことをしたって、仮に過去に戻ったとしても、同じことを繰り返せば意味がない。今の仲間たちを変えられないように、家族を変えることだって、俺にはできなかったんだからな」

「ルノルマンカードには、その過去が清算されたって出ていたわ」

「……どうやって清算したのか、分かっていなかったんだな」

「えっ」


 思わず、最悪な想像をしてしまい、口元を手で隠した。


「アゼリアに嫌なことを連想させないでください」

「甘いな。そうやってなんでも庇護するから、俺みたいなのに騙されるんだ」

「……否定はしません。ですが、これが私の妻に対する愛情ですから」

「っ!」


 突然の発言に、私の頭の中は一気に、グリフィスの言葉で埋め尽くされた。口元を事前に隠しておいて良かったと思えるほどに。


「……俺に足りなかったのは、そういうところだった、というわけか」

「マックス?」

「惨敗だな。魔術の腕も、男としても。あわよくば、俺の女にして、こっち側に引き込もうとしたのによ」

「なっ!」


 こ、これでも一応、人妻なのよ、私。偽装結婚だけど。それでも! この世界であれだけお世話になっておきながら、グリフィスの元を離れるなんて、できるわけがないでしょう!


「残念ながら、仮にそうなったとしても、手放すつもりはありませんから」

「そうかい」


 マックスは納得した様子だったけれど、私は……その場にそぐわないくらい、顔が火照って仕方がなかった。

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