第30話 対峙する二つの勢力
禁書区画に着くと、事態は思った以上に深刻だった。
いつの間にそこまで侵入されたのか。この世界に来た時に見た、黒いフードの男たちが入り口付近を陣取っていた。
対面しているのは、白衣を着た灰色の髪の人物。男性のように短い髪を見て、すぐにそれが禁書の番人、ラモーナ・フェルセだと分かった。
となると、その周りにいる人物たちは図書館の職員だろうか。すべての職員の顔と名前を把握していないから、確信は持てないけれど、その中に、相談所であの行列を捌いている男性を見つけることができた。
良かった。相談所にいなかったから心配していたけど、先に禁書区画へと向かっていたのね。
私はさらに前に出て、黒いフードの男たちを背に、まるで代表だと謂わんばかりに堂々と立っている人物に目を向けた。すると、隣にいたグリフィスが「これ以上は……」と私の視界を遮るようにして前に出る。
力も何もない私が、魔術師たちの戦闘に割って入ることが、如何に危険なのか。それは私自身がよく分かっている。だけど、完全な部外者じゃないんだから、出て行く権利はあると思った。
心の中でグリフィスに謝りながら、私は別の人物の名前を呼ぶ。
「マックス!」
当然といえば当然なのだが、その場にいたほぼ全員の視線が私に注がれる。緊迫した状況を壊したのだ。それなりの覚悟はあったものの、いざその状況に、私は思わずグリフィスの腕をギュッと掴んだ。
「盗んだタロットカードを返して!」
「元来これは、我々の手にあるべき物だった。それなのに、なぜか別のところにあるし、占いに使われていると知って、どれほど驚いたことか」
返してと言って、返してくれるとは、そもそも思っていない。だけど、いくらなんでもこっちを盗人呼ばわりしてくるなんて……。
一週間とはいえ、共に調べ物をした仲だったからかもしれない。恐怖心が一気に怒りへと変わった。
「勝手に自分たちの物だって決めつけないで! 本来あるべき場所だというのなら、グリフィスの元にあるのが筋でしょう!」
「グリフィス? まさかそこにいるのは、グリフィス・ハウエルだとでもいうのか!?」
「そうだけど、何が?」
マックスの驚き様が理解できない。私の旦那様がグリフィスであることを、ヘルガや相談所を手伝ってくれた男性職員は勿論のこと、普段、図書館の禁書区画に籠っているラモーナだって知っているのだ。
けれどマックスに答えを求めるべきではない、と思った私は、真横を見上げた。
「はぁ。一応、認識阻害の魔術をかけていたんですが……まさか、アゼリアが話しかけた挙句、私の名前を言い出すとは思いませんでしたよ」
「……ご、ごめんなさい。でも、タロットカードにはグリフィスのお姉さんが――……」
「ではやはり、魔塔の主、グリフィス・ハウエルか」
魔、塔? それって確か、魔術師たちが日夜、研究を行う塔だと聞いた。謂わば、魔術師たちの国といってもいい。図書館で魔術書を扱う時に、館長から説明を受けた。
ヘルガやラモーナなど、この図書館に魔術師が多く在籍しているのであれば、館長からそのような説明を受けるのも、今となっては頷ける。その主、ということは……つまり、私をこの図書館で働かせることなど、いとも簡単だったということだ。
自分の意見が通るところに私を置くなんて……過保護過ぎない? いや、世話好きのグリフィスのことだから、別の意図があったのよ。出会って間もなかったんだから。
「それで? 私の正体を知った後はどうするのですか? アゼリアの言う通り、姉が封じられているタロットカードを、私に返してくれるのでしょうか?」
「稀代の魔女、ウルリーケの所持していた魔術書を、この図書館に寄贈しておいて、タロットカードだけ寄こせというのは、筋が違うんじゃないか?」
「筋……確かに違うかもしれませんね」
「ぐ、グリフィス!?」
正当化が認められたんだから、ここは「さっさと返せ!」とマックスに詰め寄るべきところでしょう。どうしてしないの?
「仕方がないでしょう。あのタロットカードも、図書館に寄贈していたんです。けれど……」
「ある日突然、この禁書区画から消えてしまったんです」
「ラモーナ……」
チラッとマックスに視線を向けながらも、ラモーナは言葉を続けた。
「禁書区画に侵入者が現れた痕跡もなく、当時どれだけ焦ったことか、計り知れません。けれど今日、彼らが現れて確信しました」
「そうですね。「我々の手にあるべき物だった」と豪語するくらいですから、おそらく召喚魔術をしようして、遠隔でタロットカードを手に入れるつもりだったのでしょう」
今度はグリフィスが、マックスに冷たい視線を送った。けれど次の瞬間、いきなり抱き寄せられた。
「ウルリーケはどうやら、我が妻を気に入ったようですね。昔から私と好みが似ていましたので、何も不思議に思いませんが」
「そ、そうなんだ」
って、いやいやそういうことじゃなくて! いきなりなんなのよ!
そう言いそうになったけれど、ラモーナや図書館の職員がいる空間では、仲の良い夫婦を演じている方が都合がいい。ここに来る前のグリフィスを見ていると……本当に演技なのかは疑わしかった。
しかし、すでに仲の良い夫婦アピールは、迎えとかで十分できていたはずだから、ここまでする必要はないのに……どうして?
グリフィスを見上げていると、今度はマックスの怒気を含んだ声が飛んできた。
「だったらなんで、アンタのところに行かなかったんだ? 家族だろう?」
「家族だからといって、仲が良いわけではありません。ウルリーケの仕出かしたことを知ってれば分かるでしょう。それと……あなたはどうなんですか?」
「何が?」
「家族ですよ。そう豪語するのなら、仲がよろしいのですか?」
「お、俺は……」
そうだ。ルノルマンカードでマックスの過去を見た時、とても悲しそうだった。家族に裏切られ、そして前を向いた先が……黒いフードの男たちの仲間。
「マックス……どうしてあなたが、彼らと共にしているのかは分からない。でもあなたは今でも悲しんでいる」
「だから、やり直したいんじゃないか」
「えっ」
「過去に行き、すべてをやり直すために、ここまでしているんじゃないか!」
「まさか、時空魔術を!? 確かに、ウルリーケが最後に研究していた魔術ですが、あれはまだ確立されていません」
「黙れっ!」
何をそこまで苛立っていたのか、マックスはグリフィスの言葉にすら耳を傾けず、こちらに向かって手を伸ばしてきた。
相談所で眠らされる前、マックスが私にしてきたのと同じ。反射的にグリフィスの方に顔を向けた。




