第29話 私とタロットカード
「つまり、私が購入したタロットカードに、グリフィスのお姉さんが封じられていたってことなの?」
一連の説明を聞いた後、そんなことあり得る!? とは思いつつも、グリフィスが今更、私に嘘をつく意味が分からなかった。たとえそれが、マックスの捜索に向かわないようにするための妨害工作だとしても、である。
「購入……確かにそれだと、アゼリアが選んだように思うかもしれません。けれど実際はウルリーケが選んだのです」
「まぁ、物を購入する時でも、運命的な出会い、と表現することはあるけど……」
特に動物の場合は、「私に飼ってほしいって顔をしていたの!」と豪語している人を見かけたことがあるからだ。だから、本当にタロットカードにグリフィスのお姉さんがいたとしたら、それはあり得ないことではなかった。
「でも、封じられているんでしょう? それなのに、私を選ぶことができるの?」
「ウルリーケは、稀代の魔女と言われていたほど、優秀な魔術師です。封じられていても、何かしら動きを見せていもおかしくはないと思います。実際、アゼリアからウルリーケの魔力を感じていましたから」
「えっ」
「大丈夫です。縁が切れた証拠ともいえるほど、今は感じませんので」
「そうなんだ……」
もしかして、夢の中に出てきた白いウサギがそうなのかな。タロットカードに描かれていた白ウサギによく似ていたような気がするから。
グリフィスと同じ垂れ耳ウサギ。私を追い越して先に上へと行ってしまったのもまた、そういう意味だったのかもしれない。その証拠に、相談所からタロットカードが消えていた。
床に散らばったカードを回収したが、猫のルノルマンカードだけで、タロットカードは一枚もなかったのだ。
「だったら尚更、取り返しに行かないと」
「勿論、取り返しますが、アゼリアが行く必要はありません」
「どうして? 私を選んでくれたのでしょう? 何か意味があるんじゃないの?」
「ウルリーケが意味なく、アゼリアを選んだとは思えませんが……」
煮え切らないグリフィスに、さすがの私も嫌気が差してきた。だからといって、マックスが向かうところなど分かるわけでもなく……いや、一つだけ思い当たるところがある。
そう思ったら居ても立っても居られずに、私は椅子から立ち上がり、相談所の扉へと向かって歩き出した。すると、テーブルの上にいたグリフィスが、勢いよくジャンプをしたのか、私の肩を飛び越えて目の前に現れた。とそこまでは良かった。ウサギの姿をしていたから。
しかし次の瞬間、いきなり見慣れた人の姿へと変身したのだ。そう、容姿端麗な、あの人の姿に。
「っ!」
さっきまで可愛いと抱きしめていたことを急に思い出し、顔が熱くなるのを感じた。だけどグリフィスにとっては、そんなことなど些細な出来事でしかない。距離を詰められて、私は一歩二歩と後ろに下がった。
それをグリフィスがどう感じたのかは分からない。けれど突然、腕を掴まれた。
「どうして逃げるのですか? 行きたいのでしょう?」
「勿論、行きたい……けど反対していたじゃない。それなのに、どうして?」
「……アゼリアの意思を尊重したいんです。これまでもそうしていたように、これからも」
そうだった。グリフィスは忠告や注意はするけれど、私のことを最優先に考えてくれていた。鍵の件は……おそらくウサギ獣人なのを隠したかったからかもしれない。
今なら、その気持ちがよく分かる。突然、私が帰宅して出くわしたりしないための処置だったのだろう。
「ですから、絶対に私から離れないでください。おそらくマックスという男は、黒いフードの男たち、つまりアゼリアをこの世界に召喚した者たちの仲間でしょうから」
「あっ、そっか。私というより、タロットカードをこの世界に呼び戻したんだものね」
だからマックスは、私を眠らせて、タロットカードだけを盗んでいった。私が目的ならば、最初の接触時に何かしらアクションをするはずのに、逃げて行ったからだ。
その後、タロットカードを盗む算段でもしていたのか、次に会った時は接触してきた。おそらく、そんなところだろう。
「さすがアゼリア。理解が速くて助かります」
「そんなことはないわ。マックスの意図に気づけず、まんまと罠に引っかかってしまったのだから」
「いいえ。お陰で、ずっと秘密にしていたことを打ち明けられてスッキリしたので、これはこれで結果オーライですよ」
「そう、なの?」
「はい。自分の気持ちにも気づけましたし」
「えっ?」
グリフィスらしくない発言に、私はドキドキした。たぶん、私も同じ気持ちだったからだろう。
好きだって気持ちに気づけた。そして、グリフィスの気持ちにも。
「はいはい。盛り上がっているところ悪いけど、行くって決めたのなら、さっさと行かないと、手遅れになっちゃうわよ」
「あっ、そうだった。ごめんね、ヘルガ」
「いいのよ。アゼリアには、色々と世話になったから、このくらい見せつけられても」
「へ、ヘルガ!?」
改めて言われてしまうと、本当に恥ずかしくて、顔から火が出そうになった。
「ふふふっ、冗談よ。おそらくあの男は、禁書区画に向かったと思うわ。相談所の扉にいた職員が、図書館の中へ歩いて行くのを見かけたって言っていたから」
「その後、外に出た可能性はないの?」
「図書館内で魔術を使えば、誰かしら気づくわ。それにあの男が去った後、アゼリアが倒れているのを発見するまで、そんなに時間はかかっていないから、信用していいと思う。なんたって、この図書館は利用者が少ないから。もしも気になるのなら、並んでいた人に聞いてもいいけど」
「ううん。マックスは禁書区画に入りたがっていたから、そっちの可能性の方が大きいと思う」
「禁書区画には、ウルリーケが所持していた魔術書が大量に所蔵されています。私もその線が妥当かと」
私とグリフィスは頷き合い、相談所の扉を開けた。すでにどれくらいの時間が経っているのかは分からないけれど、図書館の内部は普段と変わらず静かだった。つまり、まだ間に合う可能性が高い、ということである。
急ごう。マックスのところへ。




