第28話 再会した旦那様の姿に……
まどろみの中。いつもならこのまま夢の中へと意識が沈むのに、何かが警告して呼び覚まそうとする。けれど浮上する足を絡み取られたのか、下に下にと意識が引っ張られているように感じた。
このまま抗わずに、眠りに落ちれば楽になれるのに。何も考えず、縛られず、夢の中にいられたら、どんなに幸せだろうか。分かっているのに、私は瞼を開けて、上へ上へと目指す。
誰かが呼んでいるような気がするのだ。「アゼリア」と。私の名前は梓葉なのに、しっくりと私の心を満たす。グリフィスが名付けてくれた、異世界での名前。
「アゼリア」
再び聞こえると、今度は体にまとわりついていた重荷が消えたかのように軽くなった。これならもっと上へと行ける。
ふと、横を見ると、私と一緒に浮上する白いウサギの姿が目に入った。そのウサギは私の方を見ると、すぐに追い越して行ってしまう。まるで、ついて来て、と言っているかのように感じる。
ずっと傍にいてくれていたような白いウサギ。もしかして、さっきまで重いと感じていたものを持って行ってくれたのかな。だったら、信用していいかもしれない。
そう思った瞬間、白いウサギの姿が目の前から消えた。心細さを感じていると、再び私を呼ぶ声が聞こえた。
「アゼリア」
今度はハッキリと分かる。この声はグリフィスだ。いつだって私が望んでいると、素知らぬ顔で叶えてくれる。私の素敵な……旦那様。
だから今回も願うよ。
「グリフィス」
***
会いたい、と願ったのに、なぜか淡い黄色がかった茶色の垂れ耳ウサギが目の前にいた。しかもそのウサギは……。
「アゼリア……!」
聞き覚えのある声で喋るのだ。普段クールに見えるけれど、お小言が多くて、実は感情が豊かな私の旦那様。だから姿が異なっても、その声と潤んだ瞳が彼だと教えてくれた。
「グリフィス!」
会いたかった。
ウサギの姿だったからか、私は躊躇わずに抱きしめる。すると、短い手でしがみつくように返してくれた。
なんだろう、この可愛い生物。いや、グリフィスなんだけど……。
「……可愛い」
「え?」
思わずボソッと呟いたら、腕の中と横から同時に声が聞こえた。一人(?)はグリフィスとして、もう一人は誰だろう。驚いて横を振り返ると、私と同じ表情をしたヘルガがいた。
「ご、ごめんね。二人の邪魔をするつもりはなかったんだけど……ここ、図書館の相談所だからさ」
「っ!」
そうだった。相談所にマックスが現れて……彼の過去をルノルマンカードで見たんだ。辛い過去を見て、タロットカードでアドバイスを出したら、急に態度が変わって……それで。
「私は眠らされたってことで、いいんだよね」
ここにヘルガだけでなく、グリフィスがいる、ということは、余程のことが私の身に起きたのだ。
直前の出来事を思い返してみると、疑問しか浮かばない。過去を見てほしいといったのはマックスで、不快にさせたとしても、それは覚悟できていたはずである。
俯くと、心配そうな瞳をしたグリフィスと目が合う。再びギュッと抱きしめても、文句を言わないグリフィス。どんな姿でもブレない様は、とても心強かった。
だからだろうか。安心したら、意識を失いかけた時に聞いた言葉を、ふと思い出したのだ。
「……あの時、マックスは私に保護魔術がかけられていたって言っていたけど。グリフィス、何か知っている?」
私は腕を解き、グリフィスを見つめた。すると、まるで動揺しているかのように、目を逸らされた。
こんな逃げ場のない状態でも、いつもなら簡単に私をあしらうというのに……珍しい。やはりウサギの姿をしているからなのかな。とても表情が豊かに見えて仕方がなかった。ウサギは無表情だと聞いていたのだけれど、案外それも、噂程度のものなのだろう。
それを微笑ましく思えるものの、今はそれに浸っているわけにはいかない。私の健康管理から衣食住に至るまで、グリフィスは世話を焼きたがるのだ。知らない、なんてあり得ないだろう。だから今一度、名前を呼ぶ。
「グリフィス?」
けれど私の膝に乗ったまま俯き、何も言わない。垂れ耳だからか、しょげているように見えるのがズルいと思った。けしてその姿も可愛いと思ったわけではない。
「もしかして、グリフィスがやったの?」
「っ!」
カマをかけると、グリフィスが勢いよく顔を上げた。
「やっぱり」
「どうして……知っていたのですか?」
「ううん。知らないよ。でも、今のグリフィスを見ていて思い出したの。獣人は、知性と魔力が備わったものだけがなれるってことを。だから魔術を使うことだってできるんでしょう?」
こんな言い方はしたくないけれど、まさかマックスの調べ物の手伝いが、ここで役に立つとは思わなかった。
「……アゼリアの言う通り、私は魔術を使えます。この世界に不慣れなことや、狙われていることを考慮して、保護魔術をいくつかかけました。黙っていて、すみません」
「ううん。全部、私のためにしてくれていたことだし、平穏に暮らせていたのも、そのお陰だって分かったから、いいの。むしろ、そんなところまで世話になっていたんだなって知って、私の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになったよ。自分のことばっかりだったから」
「仕方がないわよ。誰だって新しい環境や仕事に、すぐ順応なんてできないんだから」
「ヘルガ……」
前からグリフィスと知り合いだって言っていたから、すでに私のことも分かっていたのかな。
「もしかして、ヘルガも魔術を使えるの?」
「グリフィスほどは使えないけどね。あと、この図書館には私の他にも魔術師がいるわ」
「えっ!?」
「だから今、逃げた男を捜索している」
マックス……!
「そしたら、こんな悠長なことをしていていいの? 私たちも探しに行った方が――……」
「ダメです。アゼリアはここにいてください」
「どうして? 確かに私はグリフィスたちみたいに力はないけど」
説得することならできると思った。
「ようやく、あなたとタロットカードの縁が切れたのです。これ以上、関わってほしくありません」
「縁?」
「そうです。アゼリアがこの世界に召喚されたのは、タロットカードを所持していたからではありません。タロットカードに封じられていた私の姉、ウルリーケがアゼリアを選んだからなのです」
グリフィス。あなたは何を言っているの? 確かにこの世界に来る前に、私はタロットカードを購入したけど、姉? 選んだ?
急を要する事態の中、私は頭を抱え込んでしまった。




