第27話 駆けつけた先(ヘルガ視点)
「アゼリア!?」
急いで相談所の扉を開けると、床に倒れているアゼリアを発見した。周りに散らばる複数のカード。その光景を見ただけで、悪い予感が脳裏を過った。
一瞬の油断も、時間も惜しいという状況なのに、前に進めない。
相談所を私が勧めたばっかりに、アゼリアが……!
「ヘルガ!」
突然、同僚に肩を掴まれた。彼はこの相談所の案内役をしていて、私をここに呼び出した人物でもあった。
マックス、とかいう男の動きが怪しかったため、相談所の再開前から、他の職員にも注視するように通達していた。グリフィスからアゼリアが狙われていることを、皆、知っていたからだ。
この図書館の職員のほとんどが魔術師であるため、グリフィスの元にいるよりも、アゼリアを守り易い。さらにいうと、相手の狙いがタロットカードである以上、その両方が共にある方が、私たちにとっても都合が良かった。
アゼリアはただ、そのタロットカードを呼び寄せるために、この世界に来てしまった被害者なのだから。
同僚として、友人として、この世界を満喫してほしい。守りたい。相談所は周りへの説得のための手段だったけど、私はただ、アゼリアに居場所を与えたかっただけなのだ。
烏滸がましいとは思うけれど、図書館に来た時のアゼリアは、しばらく周りに馴染めず、いつも不安そうにしていたから。
だけど、その結果がこれだ。
誰が一番悪いだなんてすぐに分かるのに、私は気がつくと、相手を睨んでいた。
「っ!」
今日その男が行列に並んでいることを事前に知っておきながら、通したことへの怒り。だけど、その男だけダメ、というわけにはいかず、そのまま通すことになった罪悪感。
文句を言えないもどかしさに苛まれていると、相手も分かっている、とばかりに首を縦に振った。
「大丈夫。アゼリアは生きている」
「えっ」
「忘れたのか、相手の狙いはタロットカードだ」
その言葉に私は振り返り、アゼリアの周りに散らばったカードを見る。すると、あることに気がついた。
「タロットカードが、ない?」
「そうだ。男はタロットカードだけ奪い、逃走した。俺はすぐに奴の後を追うから、ヘルガはここでアゼリアを守っていてくれ。近くに仲間がいたら危険だ」
「うん、分かった。グリフィスへの連絡は?」
「もう済ませているから、すぐに来るだろう」
「そうね」
今はちょうどウサギの姿をしているから、想像よりも早いかもしれない。アゼリアを想うあまり、姿を保てなくなったグリフィスだもの。
「こっちは任せて」
「おう!」
そういうと、同僚は図書館の中に向かって走り出した。
「まさかとは思うけど、禁書区画に向かったのかしら。って今はそんな心配をしている場合ではないわ。アゼリア!」
私は急いで駆け寄り、横たわっているアゼリアを起こした。倒れた割には目立った怪我やすり傷、打撲などは確認できない。カードが大きく散らばっているのは、倒れた反動だと思ったけれど、どうやら違うような気がした。
「だけど、わざわざ横たわらせる意味が分からない」
それも床にだ。ベッドなど、横たわらせる場所があるのなら分かるけど。
「アゼリアがほだされたように、向こうも情が移ったのかしら」
そっちの方が納得できる答えだった。でもアゼリアが気を失っている以上、どんなに配慮をしようが許せるものではない。
私は沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、アゼリアの体を揺さぶった。こんな姿をグリフィスが見たら、私以上に怒るだろう。
稀代の魔女、ウルリーケの弟なだけあって、グリフィスもまた魔力量が多く、優秀な魔術師なのだ。私みたいな低級魔術師が止められるレベルではない。
「だから早く起きてよ〜」
けれどアゼリアは、いくら揺さぶってもビクともしない。
つねるか。それとも頬を叩く? う〜ん。グリフィスが来るのよ。その跡がついていたら……怒るよね。でもアゼリアが起きるのなら、背に腹は代えられない!
「えぃ!」
「何をしているんですか?」
怒気の孕んだ低い声と共に、振り上げた手が動かなくなった。まさか、と辺りを見渡しても、それらしい姿が見えない。すると、「こっちですよ」と声のする方へと視線を下げた。
「それ、こっちのセリフなんだけど。グリフィス、あんたどこに座っているのよ」
「問題ありません。ちゃんと洗流を使いましたから」
「そういう問題じゃないの! いくらウサギの姿をしているからといって、ちゃっかりアゼリアの上に乗るんじゃないわよ」
ちょこんとアゼリアの膝に乗っている姿は可愛いけれど、その中身がグリフィスだと思うと解せない。さらにシレっとした態度が気に食わなかった。
「無理なことを言わないでください。そもそも乗らないと、今のアゼリアの状態が分からないのですから」
「……どういうこと? ただ気を失っているだけではないの?」
「ヘルガ。あなたも魔術師ならば分かるでしょう。これは眠慰がかけられています」
「っ! なんで? アゼリアに保護魔術をかけたのはグリフィスでしょう? どうしてそんな初歩的なミスをしたのよ」
「していません。ただ……眠慰だけは、私も使用していたため、その魔術が通ることを気づかれたとしか……」
グリフィスがかけた保護魔術をすり抜けた眠慰は、相手を眠らせる魔術。アゼリアが不眠症になっていたとは思えないから、グリフィスが勝手にやったことなのだろう。そもそも、グリフィスがウサギ獣人なのも、魔術師であることも、アゼリアには秘密になっている。
口が滑らないように、念を押されたから間違いない。
「そういえば先週、あの男との調べ物の最中に居眠りをしてしまったってアゼリアから聞いたわ。もしかしたらその時に――……」
「なっ! つまり、アゼリアの寝顔を見たんですね、奴は」
奴って……アゼリアが倒れているのを発見した同僚もそうだけど、私も今、寝顔を見ているんだけどな。まぁ、それは面倒だから黙っておこう。
「怒るのは勝手だけど、今はアゼリアにかけられた眠慰の解除でしょう」
私がやってもいいんだけど、アゼリアへの執着が強くなっているような気がするから、余計なことをして怒られたくない。
グリフィスも「そうでした」といいながら、ウサギの姿で容易く解除する。その様は、さすが稀代の魔女の弟だと思えた。だが、解除した後のことを考えていなかったのは……それだけアゼリアが心配だった、ということにしておこう。
けしてグリフィスの正体を、アゼリアにバラそうと画策したわけではない。そう、これは後先考えずに使用したグリフィスが悪いのであって、私は何も悪くないんだから!




