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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

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第26話 再び目の前に現れた男

 マックスのことが心配にならなかった、といえば嘘になる。この一週間、ずっと図書館で共に調べ物をしてきたのだ。いわば仲間だといってもいい。


 けれど私とマックスは、司書と利用者であり、共同研究者ではない。調べ物が終わっていなくても、中断するかの可否を決めるのは、私ではなくマックスなのだ。彼がもう必要ないと決断したのであれば、私はただそれを尊重するしかない。


 それでも……一言あっても良かったんじゃないのかな、と思ってしまう。


 このいいようのない寂しさと悔しさを味わいながら、私は再び相談所の扉を開けた。



 ***



「ありがとうございました。是非、図書館にもお立ち寄りください」


 相談者を見送りながら、お決まりの言葉を口にする。いくら司書の私でも、すべての相談者に、図書館の本をオススメできるわけではないのだ。そういう時は、決まってこのような言葉で見送っていた。


 私は椅子に座り直し、テーブルの上のカードを片付ける。猫のルノルマンカードと白ウサギのタロットカードを見て、ふと先日のやり取りを思い出した。


 ヘルガはどうして、このカードが盗まれると思ったんだろう。タロットカード自体は、この世界にもある。だから不思議なものではないはずなのに……もしも可能性があるのだとしたら、絵柄だろうか。


 マックスが調べていた遺跡に描かれていた模様はウサギ。このタロットカードの絵柄も、ウサギだから。


 まさかね、と首を横に振ると、扉がノックされた。これは次の相談者が来る合図でもあるため、私は気軽に「どうぞ」と声をかけた。すると、扉の先にいたのは、意外な人物だった。


「マックス……」

「こんにちは」

「どうして?」


 一週間は手伝えると言っていたのに、最後の日だけ姿を見せなかったマックス。友達でもないし、口約束だから、わざわざ連絡を入れる必要はない。そもそも連絡先だって交換していないのだから、無理な話だった。


 そういう場合、大抵は気まずくなり、図書館に来ることさえも足が重くなって、自然と縁が切れてしまう。二度と会うことはない、と思っていたのに……どうして?


「もうお忘れですか? 最後にお会いした時、僕も相談しに行きたいのですが、と言ったことを」

「だけど、特別に枠を設けることはできない、と私は返した……もしかして、ちゃんと順番を守ったの?」


 あんなことをした後に? どんな神経をしたら、そんなことができるのよ。


 図書館には、相談所の再開と共に、再び行列ができていたのだ。ちょっと行ってみよう、みたいな軽いノリで並べるものではない。


「お願いをしたのは、相談したいことがあるからです。きちんと並んで、順番を待っていたからこそ、こうしてここにいるのに。どうして、そのようなことを言うのでしょうか」

「だって……」

「先日のことは謝ります。突然、用ができてしまったんです。別にアゼリアさんに断られたから、図書館に行かなかったわけではありません」

「そう……だったの」


 ともあれ、やってきた相談者をすぐに追い出すことはできない。どんな人でも平等に相談をすることを、私はモットーにしているからだ。


 椅子に座るようマックスに促し、私自身も対面で腰かける。


「じゃ改めて、今日はどんな相談でやってきたの?」

「……過去の出来事をどう受け止めれば、前に進めるのか。そのアドバイスがほしいんです」

「過去……一体、どんな過去があったの?」


 まずはそこを聞かなければ、アドバイスできない。しかしマックスは口をきつく結び、言いたくない、と訴えていた。


「私はエスパー……魔術師ではないから、何も聞かずにアドバイスはできないわ。だから、カードにマックスの過去を聞こうと思うのだけれど……いいかしら?」

「はい。むしろ、そうしてほしいと思っていました」

「なぜ? カードはマックスの意図しないところまで、過去を示してしまうかもしれないのよ。話してくれれば、それ以上のことは明らかにしないし、カードも出さないと思うわ」

「大丈夫です。僕はそこも含めて、アゼリアさんに知ってもらいたいから、お願いしているので」


 どういう意図があって、そのようなことを言っているのか分からない。だけど、それをマックスは望んでいる。


 ここで怖いと思ってしまったら、占いにも反映してしまうだろう。私は一旦、目を閉じて心を落ち着かせた。


「分かったわ。今からマックスの過去をルノルマンカードに聞くわね」

「はい。お願いします」


 マックスが頷いたのを確認してから、私は猫のルノルマンカードをシャッフルし始めた。そして、テーブルの上に並べていく。


「まずは手紙、蛇、雲。次に山、指輪……これがマックスの過去のキーカードになるわ。その横は棺……最期の段は船、コウノトリ、木。ジャンピングカードとして狐が出たわ」

「ジャンピングカード?」

「おそらく、伝えたいメッセージとしてカードが出してくれたのかもしれないわ。この狐というのはずる賢い、という意味があるのだけれど、今回、過去を聞いているから……誰かに騙された、とか?」

「っ!」

「ごめんなさい! どうしても、この九枚展開を見ていると、どこか寂しさを感じるの。だから……」


 占いを怖いものじゃない、といいながらも、結果を見て、こんな風にいうなんて……。でも感じたものをそのまま言わないのも、不誠実のように思えてならなかった。


「こちらこそ、取り乱してしまってすみません。当たっていたから、つい驚いたんです」

「そう、だから上段に蛇や雲があるのね。蛇は嫉妬や裏切り、雲は不安や誤解、といった目に見えないもののことを表しているの。一番最初に手紙が来ているから、そのような連絡を受けて、悲しい想いをしたのね」

「……母が危篤だという連絡を受けて帰ったら、僕を呼び出すための嘘だったんです」

「だからキーカードに指輪が出てきたのね。これは契約などの意味があるけれど、人との絆も意味しているから。その両端にある山は問題を。棺は終わりを表している。その関係を清算して、マックスは再び歩き出した」


 船は旅立ちを意味している。その横にあるコウノトリも、また同じ。最後に出ている木は希望の象徴のように見えた。


「下段を読んでも、縦に読んでも、その経験を乗り越えて成長した、とカードは出ているわ」

「成長……つまり、前に進んでいる、ということでしょうか」

「マックス自身に自覚は無くても、前に進もうとする心があれば、自然と成長していけるものだと私は思っているわ。実際、マックスを見ていると、そう思えるもの。何かを知ろうと、隅々まで調べる。この行為だって、前に進もうと思わなければ、できないものでしょう?」

「確かに、立ち止まらずに動いている行為自体が、成長している証だともいえますね」


 良かった。辛い過去が出ているから、嫌なことを思い出させてしまったのではないかとビクビクしてしまったけれど。目の前のマックスを見ていると、どうやらもう吹っ切れている様子だった。


「それじゃ、前に進むためのアドバイスをタロットカードに聞くわね」


 私は一旦、ルノルマンカードを隅に寄せた。そして白ウサギのタロットカードをシャッフルし始める。


「カップの二、ワンドの三、ソードの四。相手のことを理解し、動き出す機会を模索すれば回復する。だから今は待つ時だとカードは言っているわ」

「……まさにその通りですね」

「え?」


 どういうこと? と思った瞬間、マックスが私に向かって手を突き出した。


眠慰(ネムリエ)


 すると急に睡魔に襲われ、私はそのままテーブルの上に倒れた。その拍子に散らばるカードたち。テーブルの下に落ちたカードもあっただろう。

 今すぐにでも拾いたいのに、瞼は下がっていくばかり。体もだるくて動けそうにもない。ただ一つ、耳だけがマックスの最後の言葉を拾ってくれた。


「アゼリアさんには、幾重にも保護魔術がかけられていますが、これだけは効くことが分かったので」


 保護魔術? 幾重にもって、誰が私にかけたの? それにマックス……あなたは魔術師だったの?


 完全に眠りにつくまで、誰も答えてくれない疑問が浮かんでは消えていった。

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