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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

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第25話 ヘルガの忠告

 そう思っていたのに、私は翌日、マックスの前でやらかした。一緒に調べ物をし、参考になる本を読んでいる最中に、あろうことか、眠ってしまったのだ。


「アゼリアさん、そろそろ起きてください」

「んん~」

「もうすぐ閉館の時間ですから」


 閉館、という言葉で、私は勢いよく顔を上げた。幸いにも顔を腕の上に乗せていたお陰で、本は汚れていない。その代わり、服の跡が顔についていないか、心配になった。時々やらかしてしまうことがあるからだ。


「仕事中に寝るなんて……こんな時間になる前に声をかけてくればいいのに」

「お疲れだと思ったんです。連日、僕の調べ物につき合ってもらっていることもあって」

「それでも……これじゃ、職務怠慢だわ」


 しかも利用者の前で、なんて他の職員に見られたら、言い訳ができない。いや、そもそもここには他の利用者もいるのだ。


 どうしよう。ここの評判が下がってしまうかも……!


「僕はそう思いません。今日もヒントとなる本を見つけてくれたではありませんか。どうして遺跡と化してしまったのかが分かったことで、あの模様に描かれていたウサギの意味に気づけたんですよ」

「ウサギは臆病な生物だと書いてあったから、もしかしたらって思ったの。地震などの災害があったら、怖くてそこには住もうなんて、考えないでしょう? またやってきたらどうしようって」


 そうして生まれ故郷から離れてしまった者たちを、私は多く見てきた。寂しいけれど、恐怖に打ち勝つことは難しい。誰も攻めることはできない。特に臆病なウサギならば、と思ったのだ。


「天災ほど記録に残すものだから、廃れた時期と照らし合わせることはできるし、誰があの場所に住んでいたのか、はそもそもヒントが描かれていたんだもの。点と点を繋げていけば、マックスだって辿り着けると思うわ」


 一緒に調べ物をしていると分かる。マックスがやっているのは、新たに知ることではなく、確認作業をしているかのようだった。つまり、マックスの中では一つの仮説があり、それを元に調べている。だから最初から、私の手助けなど必要なかったのだ。


「点と点……なるほど、ここに来たのも、おそらくそういうことなのかもしれませんね」

「マックス?」

「いえ、なんでもありません。とりあえず、今日はお開きにしましょう。時間も時間ですし」

「そうね」


 私は本を閉じ、机の上にある本も一緒にカートへと戻した。今日はもう時間がないから、カートの中にある本は、明日戻せばいい。


「でも、なんだか申し訳ないわ」

「気にしないでください。それに、周りの方々も温かい目で見ていらっしゃいましたよ」


 マックスが私からカートをさり気なく奪いながら、サラッと爆弾発言を口に出した。あまりの衝撃に私が立ち止まってワナワナしていると、気にせず前を歩いていたマックスが振り返る。


「仮に、そこまで気になるようでしたら、僕のお願いを一つ、聞いていただけませんか?」

「いいけど……あっ、禁書区画への立ち入りはダメだからね」

「さすがにそこまでは要求しませんよ」


 マックスはニヤリと笑い、その先を告げた。



 ***



「それで、マックスって男は何を要求したの?」


 帰り道、私は今日あった出来事をヘルガに話した。さすがに図書館のバックヤード内では話せない内容だったからだ。

 加えて言うと、今日も私の帰宅先がヘルガの家だから、というのもある。どういうわけか、あれから数日が経っても、グリフィスは自宅に戻っていないらしい。ヘルガ曰く「帰ったら、迎えに行くって言っていたわ。だからそれまでは、ね」ということで、本日もお世話になりに向かっていた。


「来週から再開する相談所に、自分の枠を入れてほしいって」

「まさか、それが目的だったの?」

「私も一瞬、そう思ったよ。二回目に会った時、名乗る前に私の名前を言ってきたから。でも……」

「何?」

「相談所には特別枠はないって言ったら、あっさり引いたの。だから、それが目的って感じがしない、というか……」


 うまく言葉にできない。禁書区画への立ち入りも、素直に聞いてくれた。初対面の時は、しつこかったのに。その代わりようを思うと、腑に落ちなかったのだ。

 しかしヘルガは別の意味に受け取ったようだった。


「まさかとは思うけど、ほだされたとか?」

「どうしてそうなるの? ヘルガには毎日のように……グリフィスに会いたいって言っているじゃない」


 外にいるからか、最後は恥ずかしくて小さな声になってしまった。


「そうだったわね。でも、彼の前で居眠りをするってことは、それほど気を許しているって証拠じゃないの?」

「面目次第もございません」

「別に謝ってほしくて言ったわけじゃないんだけど……そうだ。念のために聞くけど、何か盗られたりしなかった?」

「っ!」


 私が驚くと、すぐにヘルガは慌てて訂正した。


「違うのよ。彼を悪く言うつもりはなくて……だから、その……」

「分かっているわ。私だって、マックスのことは遺跡を調べている研究者らしき人っていう認識だから。もしかしたら、悪い人なのかもしれないことくらい、念頭に入れているもの」

「なら、良かった。前にも言ったけど、アゼリアは隙だらけだから」

「そんなに?」

「うん。未だに遺跡の名前、言えていないでしょう?」


 それは……この世界の固有名詞って覚え辛いんだもの。遺跡の名前どころか、この街の名前だってすぐに出てこない。確か……デフォー……なんだっけ?


「ヘルガ。この街の名前は?」

「えっ? いきなり何よ」

「いいから」

「デオレスタ、だけど、これがなんなのよ」


 デしか合っていなかった……。


「私の物覚えの悪さを実感したの」

「再確認できて良かったわね。それで物覚えが悪いから、何を盗られたか分からない、とでもいうつもりはないわよね」

「さすがに、そこまで物覚えが悪くないわよ。ちゃんと帰る時に確認したから、何も盗られていないわ」

「……タロットカードも?」

「え?」


 なんでタロットカードが出てくるの? と思いつつも、また言及されても困ってしまう。


「大丈夫。いくら貴重品でも、荷物になるような物は持ち歩かないよ。ロッカー……収納棚に入れているわ」

「それじゃ、本当に大丈夫そうね。収納棚にも保護魔術がかけられているから、そう易々と盗られる心配はないもの」

「だけど、やっぱりそれくらい危機感を持った方がいいんだよね」


 好青年に見えても、初対面時のマックスは、とても怪しかった。第一印象は変わるものだけど。


「私はそう思うわ」


 ヘルガの言葉に、私は大いに頷いた。これから再び、相談所で多くの人と対面をするのだ。今度こそ、気を引き締めていこう。


 けれど最終日の翌日、マックスは図書館に現れなかった。

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