第21話 調べ物は色々な角度から
その日から私は、図書館に出勤するのが楽しくて仕方がなかった。勿論、それまでも楽しかったのだが、相談所では毎日ドキドキしてしまい、楽しいというよりかはプレッシャーに押しつぶされそうな気分になっていた。
相談者の意図する内容を汲み取れているか。カードを上手く読めているか。相手の求めているアドバイスは?
自分では気軽に受け取ってください、と言っておきながら、内心はヒヤヒヤしたものだった。それは相談所の役割も同時に担っていたからかもしれない。相談所の評判が、今の図書館を支えている。
けれど今は違う。一日複数人を相手にしなくてもいい。たった一人の調べ物のお手伝いに集中できるのだ。マックスが来るまでは、禁書区画前のスペースで待機。休憩時間もそこで取るようにすることによって、ラモーナの手伝いも遂行していた。
「アゼリアさん。今日もよろしくお願いします」
早速、今日もマックスがやってきた。彼と初めて会った場所を待ち合わせにしている、というのも、なんともおかしな話である。
あの日、どうしてそこまで粘ったのか、やはり気になって、調べ物を始める前に尋ねた。すると、「調べても出てこないものは、もうあそこしかない、と思ったからです」と言われてしまった。
つまり、マックスはすでに遺跡の模様について、調べ尽くした後だったのだ。それならばどうして、と再び尋ねてみた。
「諦めきれないからです。最初に調べた時、焦って見落とした部分があったんじゃないか、とか。別の解釈をしていたんじゃないか、とか。色々あるでしょう?」
意外な答えが返って来た。いや、目から鱗といってもいい。普通は何度も同じ箇所に立ち返らない。それでも調べるのは、どうしても知りたいからだ。
マックスは、図書館で調べたものを、翌日、研究室にてまとめ上げ、夕方再びここにやってくる。私は前日、課題になった箇所の資料を、その日の内に用意をしてあげるだけ。
だから、毎日こうしてやってくるマックスは、本当に凄いと思った。
「早速、昨日言っていた遺跡の歴史について、こっちの文化の資料を用意してみたわ。あとは、ウサギについて。もしかしたら、獣人という可能性もあるんじゃないかと思って、そっちもカートに入れたんだけど……どうかしら」
私は横に置いてあった、本が数冊入ったカートを、マックスの前に押し出した。
「文化の方は、たぶん何度も見たと思うけど……」
「大丈夫です。前に読んだ時は、文化そのものをザッと読んだだけで、この国に流れてきた経緯や影響にまでは注視していませんでしたから。あと、ウサギ獣人について目をつけられたのもさすがです。描かれているウサギは、動物そのものでしたから、その考えは浮かびませんでした」
「良かったわ。それじゃ、これを持って書架の方へ行く? それともこの間みたいに、ここで読んでまとめる?」
「……この本は借りられますか?」
一般書区画の本でも、貸出禁止と貼られている本がある。禁書とは違い、古い本や部数が少ないため貴重な本。または分厚くて大きいため、貸出ても丁寧に扱われるのか怪しくて禁止している場合がある。
「ここにある本は、どれも借りられるわ。貴重な本ほど、あまり移動させたくはないから、ここには用意していないの。だから心配することはないわ」
「ありがとうございます。では、隣、失礼しますね」
相変わらずまめなこと、と思いながら、私はマックスが手に取らなかった本をめくった。初対面の印象が悪かったせいか、今のマックスを見ると、微笑ましく感じる。威嚇していた猫が懐いてくれた感じだろうか。
自分よりも年上の男性に向かっていう言葉ではないのだろうけれど、本当にそう思うのだから仕方がない。
私は静かに、ウサギ獣人についての本を読み始めた。
この世界に来て、獣人という存在を見てから、このように本格的に彼らのことを知ろうとしたのは初めてのことだった。おそらく、マックスの調べ事につき合わなければ、一生知ろうとはしなかったかもしれない。
私にとって獣人とは、怖くもあり、可愛くもある。触れてはいけないような領域にあったからだ。けれど、模様に描かれたウサギを見て、なぜかこっちも調べた方がいいのではないか、と思ったのだ。
そもそも獣人になれる獣と、なれない獣がいる。街中を歩いていた時、グリフィスが教えてくれた。だから、犬や猫のように、街中にいても、彼らが獣人かまでは分からないのだそうだ。それは公園にいるリスや鳥も同じらしい。
ではウサギもそうなのか、というと、この本にも同じことが書かれていた。獣の中でも、知性と魔力が備わったものだけが獣人になれると。そのどちらかが欠如してしまうと、獣に戻ってしまうらしい。
なるほど、なるほど。つまり、遺跡に描かれていたウサギは、獣人である可能性もある、というわけか。何かの象徴として描かれているのかと思っていたけれど、もしかしたら、遺跡に関わった獣人なのかもしれない。
「ねぇ、マックス。遺跡に携わった人物とか、集団とか。確か調べてたわよね」
「はい。そこは基本中の基本情報ですから」
「その中に獣人っていたのかしら。私、あまり獣人について詳しくなかったんだけど、ここに知性と魔力が備わったものってあるでしょう? 十分、いてもおかしくはないかなって思ったの」
「……獣人の中でも、人とほぼ変わらない容姿のものもいる、と聞いたことがあります」
それって、獣人特有のモフモフがないってこと!? あの可愛らしい耳と尻尾が……。
「だから、いたとしても不思議ではないと思います。特定するのは難しいですが」
「そうね。でもウサギを描いた、ということは、何かしら意味があると思うの」
尊敬、畏怖……敬愛。そこにいたことを証明したい、何かがあったのかもしれない。
「意味……おそらくあるでしょうね」
「マックス?」
「いえ、僕の調べ物に、アゼリアさんがのめり込んでくれて嬉しいんです」
「のめり……そうなのかな?」
そんなつもりはないんだけど。
「今週も、あと僅かですが、よろしくお願いします」
「あんまり役に立っているのか分からないけど、こちらこそよろしくね」
ニコリと笑うと、マックスも柔らかい笑顔を返してくれた。




