第20話 名誉挽回のチャンス
翌朝。さすがのグリフィスも、昨夜のことが恥ずかしかったのか、私の世話はほんの少しだけ。代わりに豪華な朝食が出てきて驚かされた。
これがグリフィスの照れ隠しなのか、と思いつつ、「た、食べきれないよ~」と訴える。すると、いつの間に用意していたのか、残りを箱に詰めてくれた。
「アゼリアが前に話していた、お弁当箱というものが気になって……」
密かにそれっぽいものを購入していたらしい。図書館の食堂だと気が休まらないだろうから、と。
確かに、最初は食堂が苦手だった。慣れない職場で、慣れない人たちに囲まれるのは、かなりのストレスを感じるからだ。相談所ができてからは、一般利用者から声をかけられたりして、なかなか休まらないことが多かった。
だから、グリフィスのこの配慮は、とても嬉しかった。これが本当に私の旦那様だったら、と思えるほどに。
しかし現実は違う。昨日の名誉挽回をしなければ、と図書館の中を散策する。ラモーナから、ずっと禁書区画前のスペースにいることはない、と事前に言われたからだ。
どうやら、昨日の落ち込んでいる様子を、別の解釈と受け取られてしまったらしい。禁書を狙う者が毎日のようにやってくることはないからだ。「そんなに気を張ることはないですし、何もないことに落胆する必要もないですよ」とまで言われる始末。
そのため今日は逆に、ラモーナに心配をかけまいと、そこから離れることにしたのだ。
とはいえ、やはりあの青年が気になった。なかなか退かないところを見ると、禁書区画だと分かった上であの場にいたような、そんな感じを受けたからだ。
ラモーナには一応、怪しい青年として報告はしたものの、そんな連日、やって来るとは思えない。だから大丈夫だろう、と思っていたのに……視線の先、技術と工学の棚の前にいる、あの青年。後ろ姿だけど、昨日の青年によく似ていた。
茶色の髪は勿論のこと。細身でスラッとした体形。決め手はやはり、ローブのような黒い上着だった。
禁書は主に魔術書だと聞いていたため、なぜ青年が技術と工学の棚にいるのかが不思議でならない。
技術と工学には魔術的要素はなく、自らの力のみで作り上げるもの。魔力の有無は関係なく、腕と発想と努力次第で、どこまでもどこまでも極められる代物なのだ。
そんな風にジーっと見ていたからだろうか。突然、青年が振り返った。その瞬間、やはり昨日の青年だと確信する。と、そこまでは良かった。
これから……どうする? バッチリ目が合ったんだけど! しかも、なんでこっちに来るのよ!?
「昨日はどうも」
「……探しものは、見つかったんですか?」
「いいえ。だから声をかけたんじゃありませんか」
確かに昨日、調べるとは言ったし、レファレンスサービスは司書の仕事として、基本中の基本。一番蔑ろにしてはいけない仕事だった。
あまり関わり合いになりたくないけれど、要注意人物の可能性が高い。何を調べているのか分かっていた方が、後々役に立つかもしれないから、ここは……応じるのが得策だと思った。
「……それで、何を調べているんですか?」
「ある遺跡に描かれていた模様を調べているんです。どの時代のものか分かれば、深掘りができますから」
なるほど。それで技術と工学の棚にいたのね。あそこには、建築関係の本も置いてあるから。
「先ほど、建築関係のところを見ていらっしゃいましたが、探し始めている段階ですか?」
「はい。そうですけど、それが何か?」
「もしも建築の方で見つからないようでしたら、歴史の方で探してみるようにオススメしようと思ったんです。遺跡となると、調べる方向性が二つありますから」
「……そうなると、生物の方も必要になるか」
生物? どうしていきなり、そんな明後日の方向へ、と思っていると、青年の青い瞳がキラリと光ったような気がした。
「その模様には、ウサギが描かれているんです。ほら、これなんですが」
青年は近くにある机の上に、持っていた紙を広げた。遺跡とはいっていたものの、その建物は描かれておらず、模様だけを写し取ったのだろう。
蔦のようにクルッと曲線を描いた模様。宝石でも嵌めてあったのか、丸い模様が点々とあった。その統一されたかのように美しい模様の中に、ウサギが描かれていた。まるでそれが特別であると主張しているようにさえ見える。
「確かに、これほどくっきりとウサギが描かれていると、何か意味がありそうですね」
「特にこのウサギ。よく皆さんが連想する、耳が立っているウサギではないんです」
「あっ、本当だ。垂れ耳ですね」
まるで私の持っているタロットカードの白ウサギみたい。ずっと触れていたからか、垂れ耳ウサギを見ても、何も違和感を抱かなかった。
「……では、どうしましょうか。建築の方をまず調べてみてから、歴史、生物の方を調べるか。それとも、手分けして資料を集めますか?」
「そこまで面倒を見てもらえるのは助かりますが、いいんですか? 僕一人に掛かりっきりになってしまいますよ」
「私の場合は、大丈夫だと思います」
青年が首を傾げている。
どうしよう。私の事情を説明する義理はないんだけど、調べ物が長引いた時、結局、言う羽目になるのなら、事前に言っておいた方がいいわよね。
「実は相談所の方を兼任していまして。今週は司書の方に専念しているんです。だから一週間限定ですが、一緒に調べることはできます」
「えっ、あぁ、だから昨日、おかしなことを……す、すみません」
「いいんです。私も変なことを言った自覚はありますし……実は、謝りたかったんです。申し訳ありませんでした」
私は深々と頭を下げた。いくら相手が怪しい人物かもしれなくても、昨日の出来事は私にも非がある。
「それじゃ、お互いさまってことで」
「はい。今週だけですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ……確か、アゼリア・ハウエルさん、でしたよね」
「そうですが、何か?」
「僕だけ名前を知っているのは、なんか変かな、と思いまして。自己紹介をさせてください。僕はマックス。マックス・レーヴェンといいます」
青年、いやマックスはそういうと、右手を前に差し出した。




