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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

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第20話 名誉挽回のチャンス

 翌朝。さすがのグリフィスも、昨夜のことが恥ずかしかったのか、私の世話はほんの少しだけ。代わりに豪華な朝食が出てきて驚かされた。

 これがグリフィスの照れ隠しなのか、と思いつつ、「た、食べきれないよ~」と訴える。すると、いつの間に用意していたのか、残りを箱に詰めてくれた。


「アゼリアが前に話していた、お弁当箱というものが気になって……」


 密かにそれっぽいものを購入していたらしい。図書館の食堂だと気が休まらないだろうから、と。


 確かに、最初は食堂が苦手だった。慣れない職場で、慣れない人たちに囲まれるのは、かなりのストレスを感じるからだ。相談所ができてからは、一般利用者から声をかけられたりして、なかなか休まらないことが多かった。


 だから、グリフィスのこの配慮は、とても嬉しかった。これが本当に私の旦那様だったら、と思えるほどに。


 しかし現実は違う。昨日の名誉挽回をしなければ、と図書館の中を散策する。ラモーナから、ずっと禁書区画前のスペースにいることはない、と事前に言われたからだ。


 どうやら、昨日の落ち込んでいる様子を、別の解釈と受け取られてしまったらしい。禁書を狙う者が毎日のようにやってくることはないからだ。「そんなに気を張ることはないですし、何もないことに落胆する必要もないですよ」とまで言われる始末。

 そのため今日は逆に、ラモーナに心配をかけまいと、そこから離れることにしたのだ。


 とはいえ、やはりあの青年が気になった。なかなか退かないところを見ると、禁書区画だと分かった上であの場にいたような、そんな感じを受けたからだ。


 ラモーナには一応、怪しい青年として報告はしたものの、そんな連日、やって来るとは思えない。だから大丈夫だろう、と思っていたのに……視線の先、技術と工学の棚の前にいる、あの青年。後ろ姿だけど、昨日の青年によく似ていた。


 茶色の髪は勿論のこと。細身でスラッとした体形。決め手はやはり、ローブのような黒い上着だった。


 禁書は主に魔術書だと聞いていたため、なぜ青年が技術と工学の棚にいるのかが不思議でならない。

 技術と工学には魔術的要素はなく、自らの力のみで作り上げるもの。魔力の有無は関係なく、腕と発想と努力次第で、どこまでもどこまでも極められる代物なのだ。

 

 そんな風にジーっと見ていたからだろうか。突然、青年が振り返った。その瞬間、やはり昨日の青年だと確信する。と、そこまでは良かった。


 これから……どうする? バッチリ目が合ったんだけど! しかも、なんでこっちに来るのよ!?


「昨日はどうも」

「……探しものは、見つかったんですか?」

「いいえ。だから声をかけたんじゃありませんか」


 確かに昨日、調べるとは言ったし、レファレンスサービスは司書の仕事として、基本中の基本。一番蔑ろにしてはいけない仕事だった。


 あまり関わり合いになりたくないけれど、要注意人物の可能性が高い。何を調べているのか分かっていた方が、後々役に立つかもしれないから、ここは……応じるのが得策だと思った。


「……それで、何を調べているんですか?」

「ある遺跡に描かれていた模様を調べているんです。どの時代のものか分かれば、深掘りができますから」


 なるほど。それで技術と工学の棚にいたのね。あそこには、建築関係の本も置いてあるから。


「先ほど、建築関係のところを見ていらっしゃいましたが、探し始めている段階ですか?」

「はい。そうですけど、それが何か?」

「もしも建築の方で見つからないようでしたら、歴史の方で探してみるようにオススメしようと思ったんです。遺跡となると、調べる方向性が二つありますから」

「……そうなると、生物の方も必要になるか」


 生物? どうしていきなり、そんな明後日の方向へ、と思っていると、青年の青い瞳がキラリと光ったような気がした。


「その模様には、ウサギが描かれているんです。ほら、これなんですが」


 青年は近くにある机の上に、持っていた紙を広げた。遺跡とはいっていたものの、その建物は描かれておらず、模様だけを写し取ったのだろう。

 蔦のようにクルッと曲線を描いた模様。宝石でも嵌めてあったのか、丸い模様が点々とあった。その統一されたかのように美しい模様の中に、ウサギが描かれていた。まるでそれが特別であると主張しているようにさえ見える。


「確かに、これほどくっきりとウサギが描かれていると、何か意味がありそうですね」

「特にこのウサギ。よく皆さんが連想する、耳が立っているウサギではないんです」

「あっ、本当だ。垂れ耳ですね」


 まるで私の持っているタロットカードの白ウサギみたい。ずっと触れていたからか、垂れ耳ウサギを見ても、何も違和感を抱かなかった。


「……では、どうしましょうか。建築の方をまず調べてみてから、歴史、生物の方を調べるか。それとも、手分けして資料を集めますか?」

「そこまで面倒を見てもらえるのは助かりますが、いいんですか? 僕一人に掛かりっきりになってしまいますよ」

「私の場合は、大丈夫だと思います」


 青年が首を傾げている。


 どうしよう。私の事情を説明する義理はないんだけど、調べ物が長引いた時、結局、言う羽目になるのなら、事前に言っておいた方がいいわよね。


「実は相談所の方を兼任していまして。今週は司書の方に専念しているんです。だから一週間限定ですが、一緒に調べることはできます」

「えっ、あぁ、だから昨日、おかしなことを……す、すみません」

「いいんです。私も変なことを言った自覚はありますし……実は、謝りたかったんです。申し訳ありませんでした」


 私は深々と頭を下げた。いくら相手が怪しい人物かもしれなくても、昨日の出来事は私にも非がある。


「それじゃ、お互いさまってことで」

「はい。今週だけですが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ……確か、アゼリア・ハウエルさん、でしたよね」

「そうですが、何か?」

「僕だけ名前を知っているのは、なんか変かな、と思いまして。自己紹介をさせてください。僕はマックス。マックス・レーヴェンといいます」


 青年、いやマックスはそういうと、右手を前に差し出した。

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