表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/33

第19話 手を伸ばした先

「それで今日も、落ち込んでいるのですか?」


 入浴を済ませた後、前回の反省を活かした私は、思い切ってグリフィスに今日の出来事を打ち明けた。

 案の定というべきか、返ってきたのは、呆れた声だった。


「だ、だって、あっちでもこっちでもダメだったんだよ。これで凹まない方がどうかしているわ」


 こんな愚痴をグリフィスにいう自分も、大概どうかしている。けれど帰り道に美味しいものを食べに行ったり、帰ってきたら帰ってきたで、お風呂上がりにカモミールティーを出されたりしたら、嫌でも愚痴が自然と口から出ていた。


「……アゼリアは、初めからなんでもできるのですか?」

「できるように見える?」

「いいえ。最初の頃、家事を手伝ってくれましたが、お世辞にも――……」

「あ、あれは! この世界の道具とか、家の中の物とか、何をどうしていいのか分からなかったからで」


 けして掃除が下手だとか、洗濯の干し方がイマイチだったわけじゃない。だけどそれ以降、グリフィスがさせてくれないため、情報を上書きできないでいただけである。


「あの後も家事をさせてくれたら、絶対に上手くなっていたと思うわ」


 これでも前の世界では一人暮らしをしていたのだ。私だってこの世界のやり方を覚えれば、グリフィスほどはできなくても、少しくらいできたはずである。


「なら、何一つ問題はないですね」

「え?」

「誰だって最初から上手くいくわけがないんですから、気を落とさないでください」

「……グリフィスでも?」

「勿論、ダメダメでしたよ。何をしても敵いませんでした」


 何に対してそう言っているのかは分からなかったが、心が少しだけ軽くなったような気がした。だからだろうか。向かい側に座るグリフィスの隣に行き、そっと顔を覗き込んだ。


「グリフィス?」


 私よりも苦しそうな、悲しそうな顔が、そこにあった。思わず手が伸び、金色の髪に触れる。初めて感じた感触に驚いて手を引っ込めようとしたら、なぜか逆に掴まれた。


「ごめんなさい」

「どうして謝るのですか?」

「だ、だって……勝手に触れようとしたから、悪いなって思ったの」

「悪いのですか?」

「え、えぇぇぇぇぇ」


 な、何、急に。これは逆に触れてほしいってこと? グリフィスが、私に!? とはいえ、はいそうですか、ともいかないのよ!


 けれど手を引っ込めることができなかった。そんなに強く掴まれていないというのに。こういう時でさえ、グリフィスは私の気を遣う。

 遠慮しないでほしい、と常々思うのに、またさせてしまった。どうしたら、本心を見せてくれるのだろうか。


「もしかして、撫でてもいいの?」


 その綺麗な顔の上にある金髪を、私のようなものが。


「どちらかというと、好きなんですよ。昔から撫でてもらうのが」

「……誰に?」

「姉です。何をしても敵わないから、せめて身の回りのことはしてあげようと。そしたら、いつも撫でてくれるんです「ご苦労様。あなたがいてくれて、本当に良かったわ」って。それがほしくてやっていたような気がします」


 珍しい。グリフィスが自分のことを話すなんて。それに「何をしても敵わない」ってさっきの続きかしら。家事全般を担うようになった言い訳のようにも聞こえるけど、お姉さんのことが好きだから、褒められるのも撫でられるのも好きなのね。


 そう思ったら、自然と手が前に出ていた。上に伸ばしたことで、掴んでいたグリフィスの手が離れる。


「いつもありがとう、グリフィス。こうやって悩みを聞いてくれたり、身の安全を心配してくれたり、時々過剰かなって思うこともあるけど。この世界に来て、最初に出会ったのがあなたで良かったわ」


 二番煎じだとは思ったし、グリフィスの思い出を穢してしまうのではないか、という不安もあった。だけど私もグリフィスの心を癒してあげたかったのだ。いつも私の心を(ほぐ)してくれるから。


「では、抱きしめてもいいですか?」

「え?」

「人肌を感じたくて」

「ひっ!」


 人肌!? え、私たち偽装結婚で、本当の夫婦じゃなくて。だから、まだ……と思っていたら、背中に腕を回され、気がつくとグリフィスの体が近距離にあった。


 強引に抱き寄せたって怒りはしないのに、どこまでも優しい。だから私も、さらにグリフィスの体に密着するように抱きしめた。

 すると、なんとなくだけど、安心感が増す。心臓の音が聞こえるからかもしれない。


 一定のリズムをしていて……ドキドキが速まったり、増したりすることがどうしてないの!? 自分から言ったから?


 思わず顔を上げると、今度はグリフィスの顔が迫ってきた。驚いて目を瞑った瞬間、頬に温かいものが触れた。


 これってまさか! いや、でも、なんか面積大きくない?


「っ!」


 恐る恐る目を開けると、確かにグリフィスの顔が近距離にあったものの……これは、どういう状況? 頬と頬が触れあっている?

 異世界と私のいた世界とでは、こういうのも認識が違う、とでもいうの?


 だけど、グリフィスは人肌って言っていたから……つまり、そういうことなのかも。頬の触れ合いもまた、人肌だし……というのは無理はあるか。


「グリフィス……くすぐったい」


 すると躊躇いもなく、すぐに離れていく顔。頬に感じていた温もりがなくなり、少しだけヒヤリとした。まるで寂しいといっているかのように。


 それが心へと移ったのだろうか。温もりを求めて、再び顔をグリフィスの胸に押し付けた。


「すみません」


 頭上から謝罪の言葉が降って来る。何が「すみません」なのか、思った瞬間、突然睡魔に襲われた。


「姉の、ウルリーケの魔力を感じたら、懐かしくて……」


 グリ、フィス?


「どうして、あなたから感じるのでしょうか」


 悲しいの? 今日、浮かんだタロットカードの白ウサギみたいに。


「もしかして……いえ、すみません」


 再び謝るグリフィスに、私は声をかけたかったが、襲い掛かる睡魔に抗うことはできなかった。だから、その後に続いた言葉がなんだったのか、知らずに眠りに落ちた。


「アゼリアが占いをしなければ、ウルリーケもまた……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ