第10話 偽装結婚の裏側(グリフィス視点)
占いを終え、私とアゼリアはヘルガを見送るために玄関へと向かった。
「どうしたのですか?」
「え?」
「頬が緩んでいます」
先ほどの占いを見ても、アゼリアがそこまでなるような結果だとも思えなかったのだ。
「これは、その……カードを片付ける時にボトムカード、束になっているカードの一番下のカードのことを言うんだけど、それが『JUDGEMENT』(審判)だったの。まさに次の恋でヘルガの復活を意味しているように感じない?」
「……それをいうなら、復縁では?」
「なっ! そしたら不倫になっちゃうじゃない」
「復縁が必ずしも、直近の恋だとは言っていません。それに告白する前だと言っていたではありませんか」
「うん。それはそうだけど、どうしてそんな水を差すようなことを言うの?」
理由は恐らく、先ほどのアゼリアの表情だろう。幸せそうなアゼリアを見るのはいいけれど、それを引き出しているのがヘルガだったからだ。
あとは……『JUDGEMENT』(審判)のカード。復活を意味するこのカードが不吉でならない。ましてやアゼリアが持っているこのタロットカードは……。
「グリフィス? ごめんなさい」
「ん? 何がですか?」
「何がって、辛そうな顔をしていたから、キツいことを言ったのかなって私……」
「そんな顔をしていましたか?」
思わず片手で顔を覆った。私に釣られたのか、アゼリアの顔が辛そうだったからだ。
先ほどの占いを見ていて思ったが、相手に寄り添うのがアゼリアのいいところだ。
突然、この世界に召喚されたというのに、悲観するどころか、私に対して遠慮するような態度を示すことが多い。もっと傲慢に、私の世話を享受することを当たり前に受け入れても、おかしくはないというのに。
それほどにアゼリアは優しい女性だった。今も尚、こうして私の感情に反応する。だから余計に罪悪感が募った。
「すみません。ヘルガの見送りはアゼリアだけでお願いしてもいいですか?」
「え? いいけど、そんなに悪いの?」
「そういうわけではないのですが……相手はお客様とはいえ、ヘルガです。私が出なくとも問題はないでしょう。それに私は私で、後片付けを先にしたいのです。敷物を出すのに、散らかしたまま部屋を後にしましたから」
シャッフルする時に、カードを傷つけないための敷物がほしい、とは。正直、あのタロットカードを使用するのに、そんなもの、と思ってしまった。
なぜならあのタロットカードが原因で、アゼリアはこの世界に召喚されたからだ。丁寧に扱う必要など、どこにあるのだろうか。ないだろう。タロットカードに封じられている者のことを考えると余計にそう思った。
白いウサギのタロットカード。愚かな白ウサギが魔術を極めようとした末路の姿であり、私の姉の今の姿。そう、私はウサギ獣人なのだ。魔術で姿を変えているがアゼリアとは違う人種。
彼女は今も私を人間だと思っているし、これからも打ち明けるつもりはない。そのための偽装結婚であり、彼女は大事な保護対象者。姉からも奴らからも守らなければならない。だから……。
「アゼリア。片付けたら、改めてお茶にしたいのですが、よろしいですか?」
今日の早引きは、ヘルガを占うためだったとはいえ、確かめずにはいられない。一応、本屋でも確認したがその後、あのタロットカードにも触れたのだ。早めの休息が必要だろう。
「勿論。グリフィスも疲れたでしょう? 今日は私がお茶を用意するわ」
「いいえ。それには及びません。むしろアゼリアの方が疲れたのではありませんか? 占いをすると精神的にも疲労する、と聞きましたが」
「うっ。大丈夫よ。確かにうまく読めるかとか、失敗したらどうしようとか、色々不安があったけど。今は終わったから」
「それなら余計にアゼリアは休んでいてください。ほら、ヘルガも待っています」
どさくさに紛れてアゼリアの肩を掴む。
触診
アゼリアには魔術に詳しくない、と伝えている。けれど実は、今のように密かに体調のチェックをさせてもらっていた。異世界からの人間だからか、アゼリアは今のように魔術を使用したり、魔力を流したりしても無反応。感知し辛い体質なのだろうか。
これはこれで心配になる。けれど私の魔術が何重にもかけられていることを知られるのもまた、困ってしまうことだった。
「アゼリア……」
彼女の背中を見ながら、再び顔を手で覆った。
***
「どうぞ」
テーブルの上に、薔薇の絵柄が描かれたカップをそっと置く。
「ローズティーです。リラックス効果があるそうですよ」
「……こんなお茶まであるの? ウチには」
「アゼリアが好きだと言っていたので、色々と取り寄せてみたんです」
お茶関連の本は、問屋から取り寄せ。日中、お客がいない間に本屋で読み明かしていた。いい暇つぶしにもなったし、やはり新しい情報を脳に入れるのは楽しい。
魔術書のほとんどを読み明かしてしまった後だったこともあり、私にとってもいい気分転換だった。
「本に載っていた通り、香りや味によって、こうも気分が変わるものなのですね。アゼリアのお陰でいい勉強になりました」
「……そ、そうなんだ。グリフィスの役に立てたのなら良かったわ」
戸惑ったような返事をされたが、カップに口をつけた途端、アゼリアの表情が和らいだ。それを見ただけでも成果はあったというものである。
これからもいくつか仕入れてみよう。入れ方にも色々ある、と本には書いてあった。
「グリフィスは飲まないの? その……気苦労をかけたから、私よりもグリフィスの方が飲んだ方がいいと思うけど」
「気苦労……ですか? 私はまったく感じていませんよ。それよりアゼリアの方です。早引きはヘルガのせいでしたが……」
あのタロットカードで占いをしたのだ。愚かな白ウサギが悪さをしていないかと魔術で調べたものの、痕跡は見つからなかった。しかし、自覚症状があるのかもしれない。
「あぁ〜。早引きの件は本当にごめんなさい。もしも私が疲れているように見えたのなら、大丈夫よ。ちょっと安心したら気が抜けちゃっただけだから」
「安心、ですか?」
どちらかというと、「今日は疲れたから、もう何もやりたくない」と気力体力を吸い取られたような状態だと言われた方が納得できた。
「実はね。占いが趣味っていうと、変に見られるから心配していたの。グリフィスはいつも私を気にかけてくれるけど……さすがに占いってなると、他の人たちと同じ反応をするかもしれないって思っていたから」
「……本屋を経営している者から言わせていただきますと、どんな分野を好きかなんていうのは、人それぞれです。だから図書館もそうですが、本屋もまた、多種多様な本を取り揃えています。偏見を持っていたら、仕事になりませんよ」
確かに人目や世論を気にすることは大事だ。孤独を選ぶことは悪いことではないが、孤立してしまうと、いざという時、困ってしまう。私も時々、寂しい感情の方が上回ってしまうが、今はアゼリアがいる。社会との繋がりを作ってくれる重要な人間であり、孤立しない手段。
偽装結婚の裏に、こんな姑息な感情があったと知ったら、アゼリアは軽蔑するだろうか。
「グリフィスの言う通りね。確かに偏見を持っていたら仕事にならないわ。利用者が探し求めているものは千差万別なんだもの」
「えぇ。その通りです」
アゼリアなら……もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。けれど今はまだ、時間が必要だった。




