異国の姫15
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
日がさらに傾いた。
私は髪が邪魔にならない様に結い直す。
フェンが手伝ってくれた。
軽く窓を叩く音がする。
コウが手を振っている。
準備が整ったようだ。
「お嬢様、これを」
窓の音に気付いたフェンが、私にナイフを渡す。
「フェンの身を守るために、貴方が持っていて」
「大丈夫です。私にはこれがあります」
クナイが3本出てきた。
何処に隠していたのだろう?
「フェン、ありがとうございます。
ナイフを預けて頂いた分の信頼を、貴方に返すと約束しましょう」
✳︎
ドンドン
「助けて!お嬢様が苦しんでいる‼︎」
フェンが閉じ込められている部屋の扉を思い切り叩く。
私は部屋の隅にうずくまって、目端で様子を伺う。
今の様子といい、ドレール家で悲鳴を上げてもらった時といい、フェンは演技が上手いなぁ。
ガチャガチャ
「うるせえな、どうした?」
見張りらしい男が、部屋の中に数歩入ってくる。
「お嬢様が突然苦しみだして、薬を下さい!」
「くすりぃ?」
男が油断した隙に、フェンが男を仕留める。
男の後頭部をクナイの柄で突いた様だ。
クナイ自体が小さいので、柄も細い。
それで人を昏倒させるのだから、やはりフェンは相応の訓練を受けているのだろう。
「ヒメ、終わったよぉ」
入り口からコウが顔を出す。
他の見張り2人が倒れている。
コウが倒れている見張りを部屋の中に入れている内に、私は女性達5人を立たせて入り口へ向かう。
私は女性達1人1人の目を見て、力強く告げる。
「彼らを信じて。
必ず無事で、後ほど会いましょう」
女性達はコウが先導して、南の森を目指す。
フェンが加わってくれたのは心強い限りだ。
彼女は見た目はか弱い女性だが、この国の人は知らないクナイを扱えることが戦力になるだろう。
私は監禁された場所を出て、1人で北へ向かう。
ここの港町は北から東に向けて緩い傾斜になっており、建物が階段状に配置されている。
おそらく継ぎ接ぎしながら、建物が増えていったのだろう。基本的に路地が狭くて、入り組んでいる。
だから隠れ場所は多い。
北に行けば、地形を一望できる場所があるはずだ。
幸い、以前来た時とさほど変わっていないようだ。
記憶を頼りに進む。
私は一旦小高い場所に登り、周囲を見渡す。
視認できる範囲で北に1人、東に4人、南に1人、西に4人の見張り役の男達。
さらにここから北東の方向に教会が見えた。
私が小高い場所にいるから、相手に見つかったようだ。声がして、東からの4人がこちらに向かってくる。
とりあえず北西に向けて進路をとる。
相手に見える様に少し移動して、入り組んだ場所に入る。
そして急遽、進路変更。
北東にある教会に向かう。
教会の裏は畑になっていることが多い。
寄付が少ない教会は自給自足で運営するため、畑を開墾して食糧を賄っているからだ。
そこに鳥よけの人形がある場合がある。
市井の人がカカシと呼んでいる、人を模した人形だ。
ここの教会にも人形があった。
それを少し動かし、カグヤの衣装を羽織らせて教会の影から一部見える様にする。
派手な着物だから遠くからでも目を引くだろう。
まずはここに追手の目を引き付けたい。
私は教会の裏手から迂回して、西に進路を取る。
上手くいけば、追手の背後に回り込めるタイミングが来る。
狭い港町なので、雑多な印象だ。
私は何か使えそうな物がないかを探しながら動く。
釣り用の道具、魚を入れる樽、あと漁で使う網……。
樽も網も重い。
私が軽々と運べる物ではないか。
使えるとすれば釣り用の針と糸。
網は重いから、せいぜい地面に広げて敷くくらいかな。
少しは歩きにくくなるだろうか?
漁をする人には申し訳ないが、あとで弁償させてもらおう。
私は樽に釣り針と糸を使って細工をし、その場を離れる。
さらに移動した先で同じような物を見つけては少し細工をする。
でも前と同じ細工ではなく、少しずつ違うように細工する。そして移動するを繰り返す。
私にはコウの様な特技がない。フェンの様な技術もない。兄の様な剣技もない。ユリウス様の様な魔術もない。
魔法は……私にとっての切り札だが、対人戦闘には向かない。
もし自分を有利にするものがあるとすれば、おそらく日常と非日常が地続きの意識だということだろう。
監禁されていた女性達を見ても思うのだが、人は日常と非日常を分けて認識している。
だから非日常になると、日常と違うことに戸惑い、混乱する。パニックになり、冷静になれない。日常と同じようには動けない。
だがそれが普通。悪い事ではない。
私だって、かつてはそうだった。
悲しいことに、非力な私が理不尽な力に対抗する中で、境界が曖昧になっていった。
だから今の私にとっては、日常と非日常の境がないことが有利になる。他の人にはないところだから。
日常の遊びの中で、日常で使う物の中に、非日常に応用できるものを探してしまう。
だからこれは最近までサラ様とやっていたかくれんぼの応用だ。隠れながら工夫をして、次の所に移動する。
もちろん兄のように非日常を意識して日々鍛錬を積めば、有事の時に普段通り動ける様になる。
なのである程度の手練れには通用しないが、今回に関しては、少ないながらも私に分がある。
私のアドバンテージはまず「殺されない」こと。
隣国に出荷する商品ならば、追手はできれば無傷で捕らえたいところだろう。
次に相手を倒さなくて良いところ。
監禁された人達が、逃げ切れる時間さえ稼げれば良いのだ。
しかもあちらには、手練れのコウとフェンが付いている。女性達を心配しなくて良いのは大いに助かる。
さらに日没後までの限られた時間、逃げ回ればいいということ。
日が暮れれば、灯りの少ない港町で人を探すのは困難になる。そうすれば逃げ回ることから、身を隠すに切り替えられる。
加えて、この港町の地理がなんとなくわかるところ。入り組んでいて、隠れ場所も多い。以前来た時の記憶が役に立っている。
最後に魔法を使えるところ。
狭い路地で追手に挟み撃ちにされるのが一番こわいのだが、追い詰められても転移魔法があるからなんとかなる。
ただ私は自分が行ったことのある場所にしか転移できないので、こうやって逃げ回って、予め場所を覚えておく必要がある。
だができれば逃げる時にもできるだけ魔法は使いたくはない。
コウの術を起動する時に私の魔力を注ぎ込むし、切り札はギリギリまで伏せておきたい。
遠くで派手な物音がした。
最初に樽を仕掛けておいた場所だろうか?
釣り糸と針を樽にしっかり付けておき、誰かが糸に引っかかると樽が雪崩れるように細工しておいた。
シンプルな仕掛けだが、追手もまさか足元に釣り糸がピンと張られているとは思わないだろう。
少し離れた地面に網が一面に敷いてあるので注意がそちらに向いていたら、倒れてくる樽に気付くのが遅くなって対処がおくれたかもしれない。
ささやかな足止めと、追手の位置を把握するための工夫のつもりだ。
私が気をつけるべきは、追手の目を引きつけること。コウ達が南の安全なラインまで移動する間、私は追手に適度に姿を見せながら、南以外に引き付けて誘導する。
さらに術式を考えて、なるべく多くの追手をこの港町に留めておきたい。
あとあまり怪我をしないこと。
これはユリウス様が心配するから!
2箇所で物音がして、追手がこちらに近付いてきていることが分かる。あそこは釣り糸に引っかかると、モップが飛んでくる様に仕掛けをしたところだ。
あと数カ所仕掛けをしたいのだが、間に合うだろうか?
完全に日が暮れると、明かりがないので仕掛けができなくなるからなぁ。
いつもありがとうございます。
『異国の姫』あと5話で終わる予定です。
引き続きお付き合い頂ければ幸いです。
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