特使29 牽制
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
昭国の特使団は帰国の途に着いた。
私は王宮の三ノ宮の廊下を歩いている。
廊下の向かいから、1人の官吏が歩いてきた。
上級官吏の制服を着た、落ち着いた紳士だ。
王宮内には、下級官吏は上の官吏とすれ違う時に、軽く会釈をするという暗黙のルールがある。
そのため、私は足を止めてお辞儀をする。
お辞儀をした横を上級官吏が通り過ぎる。
フワリと嗅ぎ慣れた香りがした。
先程も同じ香を嗅いだばかりだ。
私が歩き始めようとすると、後ろから声をかけられた。
「下級官吏がこの先に何用か?」
私は後ろに向き直り、淑女の仮面で答える。
「決済の書類を取りに行くよう申し使っております」
「君は貴族だろう。なぜ私に礼をした?」
「私は下級官吏です。下級が上の階級の官吏とすれ違う時のマナーと教えられています」
「それは平民である下級が貴族である官吏とすれ違うことになるからだ」
「そうでしたか。教えて頂きありがとうございます。下級の制服を着ている私が、よく貴族だとお気付きになりましたね?」
「君は有名だからな、アレキサンドライト・セレス君」
「光栄です、ビヴィ公爵子息」
「私の事を知っているとは驚いた」
「貴族の名門ビヴィ公爵家の次男であらせられますので」
「王家主催の夜会で一度挨拶しただけだろうに」
「下級官吏でも、ビヴィ公爵子息のお仕事振りは聞き及んでおります」
「それは光栄だ。
時にセレス君、私の下で働かないか?
君のように優秀な人材を歓迎するよ」
「勿体無いお言葉ではございますが、私には相応しくないかと」
「そんなことはない。この度の昭国特使付きの件も聞いているよ。下級にしておくのは惜しい」
「それは昭国のユエ執務官から伺ったのですか?先程までお会いになっておりましたよね?」
「……何の事がわからないな。私は他の者から聞いただけだよ」
「昭国にしかない香の香りがします。帰国前のユエ執務官とお会いになりましたね?」
おそらくユエ執務官はわざとビヴィ公爵子息に会いに行ったのだろう。
誰がユエ執務官と接触したのか、私に気付かせるために。
だから最後に自ら、私と握手した。
ユエ執務官が帰国前の忙しい時間にもかかわらず動かれたのは、私に対する詫びのつもりだろうか?
「……」
相手は答えない。
それが答えだ。
「下級とはいえ、官吏の個人情報を他国に流すような真似は今後お止め下さい。私個人のことならまだしも、家門に関わることを含むようでしたら私にも考えがあります」
「……」
何も答えない彼は、所詮メッセンジャーに過ぎないのだろう。
それもどうでもよいか。
ああ、心が冷えていく様だ。
昔の闇い思いが蘇ってきそうなので、思考することを止める。
「ビヴィ公爵閣下にもよろしくお伝え下さい。それでは失礼致します」
私は一礼して歩き出す。
下級官吏としての立場なら、上級官吏である公爵子息が立ち去るのを見送ってから歩き出すのがマナーだろうが、もはや知ったことではない。
この場における彼の価値は、私のメッセンジャーになってもらうことくらいしかないのだから。
ここまでお付き合い頂いた皆様、いつもありがとうございます。特使編もあと1話になります。今日の夕方に投稿予定です。
彼らのこれからを見守って頂けると嬉しいです。
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