後宮40
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
翌日王弟妃宮に出仕し、王弟殿下とルイーゼ様に昨日のお礼を申し上げた。
ルイーゼ様から「セレス嬢にはいつも驚かされているから、たまには良いでしょう」と笑顔で言われてしまった。
私は何か驚かすようなことをしたかな?
私は王弟殿下とルイーゼ様と、今後の予定を確認する。侍従と侍女頭も控えていた。
その結果、私はあと2か月の間、公爵邸から通いで侍女を務めることになった。
ルイーゼ様は屋外でも不安がなく歩けているが、それはほぼヒールのない靴を使用してのこと。
基本的にドレスは足元が隠れるので、ヒールのない靴を使用していても他の人には分からないと思う。しかしフォーマルな装いになればなるほど、ヒールのある靴の方が姿勢が整い、衣装が映える。
そのためこのまま訓練を継続して、ヒールのある靴でも歩けるようになることを目指すことになった。
貴族の子女において、ヒールの靴でウォーキングする姿勢は淑女教育で学ぶもの。
そのため今後は専門の先生の指導のもと、ルイーゼ様は歩き方を戻していくことになった。
これを機に、王弟妃宮の使用人達は以前の職務に戻り、ルイーゼ様のお身体のケアと宮の運営に専念する。
王弟妃宮に戻ると、今市井で流行っている小説が持ち込まれていた。侍女頭によると、成婚の儀の最中に何度か話題になったらしい。
王都のパレードでは、王弟殿下とルイーゼ様を讃える人々も多かったとか。
市井の流行りの影響を感じる。
やはり民の力はすごいと思う。
王弟妃宮の使用人が読めば、誰をモデルに書かれた小説なのかわかるだろうな。
私も後でお借りして読んでみよう。
✳︎
1ヶ月後、後宮外庭で「第二王子成婚祝いの市」が開催された。
王妃陛下の宣言で始まった市により、3日間後宮がお祭りモードになる。
後宮の敷地をフル活用し、各所に天幕が張られ、商品が所狭しと並べられている。
この期間だけ使用人は交代で職務に当たり、空いた時間で自由に市を楽しむことができる。
「フフフ……お嬢様考案のアロエの保湿剤が予想以上に出ています」
ニコライさんがニコニコしている。
私は手作りする時間がなくなってしまった保湿剤だが、ニコライさんに頼んで製品化してもらった。安価で可愛らしいパッケージが好評とのこと。
師匠に任せておけば、後宮にいる保湿剤ユーザーも困らなそうだ。
「ニコライさん、次は王妃宮に行くのですよね?外庭からは少し距離があるので、そろそろ出られては?」
「気合い入れて、良いお品をご紹介して参りますよ!」
天幕には使用人向けの安価な商品を並べてある一方、商人達は王族の女性に自分達の商品を直接紹介する機会を得る。
希少で高価な商品を直接売り込むことができるので、ニコライさんも張り切っているようだ。
ニコライさんを見送って、天幕を眺めながら歩く。王都で人気のスウィーツを扱う天幕に王弟妃宮の年若い侍女が並んでいた。
いつもは売り切れてしまうお菓子が、今日なら買えるかもしれないと楽しみにしていたようだ。
「君の目論み通り、好評のようだな」
後ろから声をかけられて、振り返る。
「ビヴィ公爵子息、持ち場を離れて宜しいのですか?」
彼はこの市の開催責任者として、商会の偉い人達に接待されていたはずだが。
「抜け出してきた。今回のことで分かったが、私には官吏の方が合っているようだ。ああいう名誉職は年寄りにさせておくに限る」
ビヴィ公爵子息は苦々しい顔だ。
感情を隠さないその様子に、私は少し可笑しくなってしまう。
「そのように仰っても宜しいのですか?
品行方正な公爵子息のイメージが崩れてしまいますよ」
「ふん、既にお互い様だろう。
君も令嬢より商人の方が向いているかもしれんな。後宮の商人資格を取得しない製菓店から人気の商品を買取り、運営側で代理販売するなんて普通は思いつかないぞ」
「何事も試してみませんと。
仮に今回の市が成功したとしても、おそらく課題は残ります。偽物が出回らないか、違法な物が持ち込まれないか、この後の後宮内にどのような影響が残るか等、検証が必要になります。ビヴィ公爵子息にはそれらをまとめて頂いてから、王宮にお戻り頂ければと存じます」
「君との仕事もあと少しというわけだ」
「はい。ビヴィ公爵子息、ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。貴方のおかげで後宮は変わり、ビヴィ公爵家も大きな処分を免れたのです。ルイーゼ様のためにご尽力頂き、お礼の言葉もございません」
「それはこちらの台詞だろう。当家が公爵家序列3位で済んだのは君が王太子殿下に奏上したからだと聞いている。感謝する」
「私の力ではありません。ビヴィ公爵子息の仕事が正当に評価された結果です」
私はビヴィ公爵子息と握手を交わす。
彼とこのように話せるのも最後かもしれないと思った。
彼はこの後王宮に戻り、ビヴィ公爵家の立て直しに注力することになるだろう。公爵家の序列とはそれ程に重く、広く影響が出るのだ。
「君がクローディア公爵子息に呆れられて離縁されたら、我が家に来ると良い。侍女として雇おう」
最近冗談を言うようになったビヴィ公爵子息。彼とこのような軽口を交わす仲になるとは思わなかった。
「ふふ……お嬢様の教育に悪いから、私の事は近付けさせないと仰っておりませんでしたか?」
「娘の侍女にするつもりはないぞ」
「しかも離縁の理由が『呆れられる』とか、私の評価はどうなっているのですか?
せっかく奥様とお嬢様へのおすすめのプレゼントをナビゲートさせて頂こうと思いましたのに」
私はわざと意地悪な顔をする。
ビヴィ公爵子息は私が表情を隠さないで話すことができる、貴重な相手だと思う。
「はははっ、悪い悪い。
それでおすすめのプレゼントとはどんな物だ?流行りには疎いのでよろしく頼む」
✳︎
ある日の帰り道、ユリウス様と一緒の馬車で公爵邸に向かう途中のこと。
ユリウス様がため息を吐きながら、私を見た。
「ところで、ビヴィ公爵子息が時々憐れむような目で俺を見るのだが……」
ビヴィ公爵子息は王宮に上級官吏として戻っていった。
その立場から、ユリウス様と会う機会があるらしい。
「……気のせいではないですか?」
心当たりがないわけでもない私は、なるべく穏便に流そうとする。
「この前は『貴殿も苦労が絶えませんな』と言われて肩を叩かれたぞ」
全く、あの人はー!
こうなることを分かって、面白がってやっているな!
ビヴィ公爵子息に文句を言いたいのだが、私は直接会う機会がない。
「ゆ、ユリウス様のご苦労を慮ったのではないでしょうか?ユリウス様は今まで忙しくていらっしゃいましたし」
「俺の苦労が分かるほどに、仲良くなっていたということか?」
ユリウス様の顔が少し険悪になる。
「いえ、決してそういう意味ではなく」
私は淑女の仮面を被り続ける。
「ではビヴィ公爵子息に直接伺おう」
クローディア公爵家とビヴィ公爵家は今まで対立する立場だったので最低限の接点しかなかった。だがビヴィ公爵家に対立する力がなくなった今は、王宮内での立ち回りが変わったのだろう。
「いえ、わざわざ伺わなくとも」
思いがけない返答に、私は内心慌てる。
「レイが教えてくれるのか?」
ユリウス様に手を掴まれて、引き寄せられる。
「私は何も……」
「隠すとためにならないぞ」
「んっ!」
口を塞がれて、それ以上の反論は出来なかった。反論はできないが、逃げることもできない。
もうこうなってしまうと、彼に囚われてしまう。
「レイが後宮でどんなことをしていたのか一応知っているけど、直接教えてくれる?」
ユリウス様に優雅に微笑まれて、逃げ道がないことを悟る。アイスブルーの瞳に、偽りは通用しないらしい。
ゔゔ……どうして彼にはこうも敵わないのか?
彼のことしか目に入らない強制力が働き、もはや考えることすら放棄してしまいそうな私であった。
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完結まであと5話、登場人物達のこれからを見届けて頂けると嬉しいです。最後までご一緒できれば幸いです。
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