後宮39
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
その日は快晴だった。
本日は第二王子ライオール殿下と婚約者ミア様の成婚の儀が行われる。
朝から王弟妃宮は慌しかった。
全員で協力してルイーゼ様のお支度を整える。
王弟殿下がお見えになり、侍従と侍女頭とベテラン侍女を伴って出立されたのはもう3時間前。
今頃は王立大聖堂で式典の真っ最中だろう。
実は侍従と侍女頭エダ様からは、私も大聖堂に同行しないかと事前にお声をかけて頂いていた。
私が攫われたことでお気遣い頂いたのかもしれない。
私は感謝の意を伝え、丁寧にお断りした。
お気持ちだけ頂き、他の侍女達と王弟妃宮で留守を守ることにする。
今のルイーゼ様なら心配ない。
隣には王弟殿下が寄り添っている。
ユリウス様の晴れ姿を見たい気持ちはあったが我慢する。
今の私は王弟妃宮の新米侍女なのだ。
また、後宮でできることを今のうちに済ませておくつもりだった。
今日の後宮は宮の主人達が出払っているせいか、いつもの緊張感のない、ふわふわと楽しい雰囲気だ。後宮に残っている使用人達は、各々成婚の儀に思いを馳せている。
ベテラン侍女達は、披露宴の準備のために王宮に出向かれた。披露宴前にルイーゼ様の衣装を変えるため、王宮の控え室で準備をする。
私や年季の浅い侍女達は、宮の掃除や洗濯物の処理をしたら長めの休憩を取る。交代で宮の留守番をしながら休憩時間を過ごす。
留守番の終わった私は、この機会に後宮を探検する。行った先で声をかけられては雑談して別れる、を繰り返した。
半年もいるとそれなりに顔馴染みも増える。
他の宮に勤める侍女や保湿剤のユーザー、洗濯物や食事担当の下級使用人もいる。
特使の時にお世話になった一般使用人達とも再会できた。彼らはこれから王宮で行われる成婚披露宴の準備で忙しいそうだ。
皆それぞれ今日の日を祝っており、そして1ヶ月後の市を楽しみにしていた。
✳︎
成婚の儀は大聖堂での式典に始まり、王都のパレード、王宮での披露宴と一日がかり。
ルイーゼ様と侍女頭達が王弟妃宮に戻られたのは、夜になってからだ。
ルイーゼ様はお疲れではあったものの、明るいご様子で一同ホッとする。
ルイーゼ様の夜のお支度が終わる頃、私はルイーゼ様に呼ばれた。ルイーゼ様は私に王弟殿下を迎えに行ってほしいという。こういう指示は初めてだなと思いながら、後宮内門に急ぐ。
後宮内門は王宮と直接繋がる門である。
しばらくすると王宮側からこちらに歩いてくる人の姿が見えた。
王弟殿下が侍従を伴ってお見えになる。
私は前に進み出て、お声をかける。
「お迎えにあがりました、王弟殿下」
私は礼をとる。
「セレス嬢か、ルイーゼの指示だな?」
「はい」
「ならば私からも申し付ける。
今日はこのまま後宮を下がるが良い。
明日また宮に出仕するように。
これからのことを話そう」
「それはどういう……?」
頭を下げたまま、予想外の指示に戸惑う。
「……来たか。
セレス嬢、出迎え大義であった」
そう言って、王弟殿下は侍従と歩き出す。
私は指示の内容がわからないので焦る。
このまま後宮を下がる?
えぇと、部屋に戻って良いということ?
既に王弟殿下の姿は遠い。
その後ろ姿を見送っていたところ、急に後ろから声をかけられた。
「レイ」
私は聞き覚えのある声に驚いて振り向く。
「迎えに来た」
ユリウス様は王家直属の者を表す正装に身を包み、第二王子の側近を表す装飾を付けていた。銀の髪をきっちりと纏めているので、端正な顔がよく映える。
「ユリウス様?迎えって……?」
頭が追いつかない。
ユリウス様が普段よりもフォーマルな格好をしているので、見惚れていた自分もいる。
「『成婚の儀が終わったら、迎えに行くから』って言っただろう?」
「それはそうですが……」
「王弟殿下と妃殿下にしてやられたな」
「!」
お2人のお心遣いということかぁ。
嬉しいやら、なんだか恥ずかしいやら……。
両殿下はいつの間にそのようなご相談をする仲になったのだろうか?私が思っている以上に仲良しなのかも。
「レイ、行こう」
私はユリウス様に手を引かれて、王宮内を抜ける。
侍女の制服だけど、大丈夫だろうか?
「ところで、レイの制服姿を初めてみたけどスカートの丈短くないか?」
ユリウス様が手を引きながら言う。
「これが規定の長さなのだそうです。
それでもできるだけ丈を長くしたのですよ」
私は背が高い方なのか、支給された制服だとギリギリ膝が隠れるくらいだ。しかし座ると膝が見えるので、出来る限り丈を長く直した。
「足が長いからか、短く見えるぞ」
確かに公爵家の制服よりも丈が短いかもしれない。
掃除する時は邪魔にならなくて良いのだけれど。
「女性ばかりですから、問題ありません」
「いや、いるだろ。
しかもレイが指名して呼び寄せたと聞いたぞ」
「ビヴィ公爵子息ですか?」
「仲が良いと聞いた」
「色々とお仕事をお願いしておりましたので」
「仕事ができると聞いている」
「ええ、できる人です」
「む、気に入らない」
「ふふ……ご心配なさることはありません。
ビヴィ公爵子息は愛妻家です。後宮内では侍女達に言い寄られているようですが、見向きもしませんよ」
✳︎
遅い時間という事もあり、王宮内ではめずらしく誰とも会わなかった。
それでも宴の後の楽しい雰囲気の残る、不思議な感覚だ。
今日はなんだか、いつもと違う王宮を満喫しているな。
馬車に乗るのかと思いきや、王宮を出てから一瞬で転移した。
向かった先は公爵家の別宅だった。
家人に挨拶もそこそこに、手を引かれて部屋に向かう。
ユリウス様のお部屋に入り、椅子に傾れ込んだ。
ぐったりと椅子にもたれ掛かるユリウス様。
あまりこういう姿を見せないのだが、流石に今日は疲れたらしい。
私はユリウス様の上着をハンガーに掛けてから、隣に腰を下ろした。
ユリウス様も一息吐いたようだ。
「ユリウス様、成婚の儀、側近としてご立派にお務めなさいました」
ただでさえ多忙なのに、私のことでさらに負担をかけていただろうと思う。
それをユリウス様の意思だと王太子殿下は言うけれど、彼にそういう選択をさせる状況にしてしまったことに胸が痛い。
「ああ、やっと終わったな……」
お疲れもあるかと思うが、彼の眼差しに感傷が伺えた。
幼なじみでもあるライオール殿下の門出に、思うところがあるのかもしれない。
そう遠くないうちに、彼はライオール殿下の側近ではいられなくなるのだから。
私はユリウス様の手を取り、指先に軽く口付ける。
「寂しいなら、私がお慰め致しましょうか?」
そしてわざと『月の精霊』風に言ってみる。
彼の笑った顔が見たいと思った。
ユリウス様は少し驚いた顔をして、軽く笑った。
「くくく……それは良い」
そして私を引き寄せる。
「次の成婚は俺達の番」
ユリウス様がこちらを見る。
アイスブルーの瞳が綺麗だと思う。
彼に向けられる思いと同じくらいの何かを、私はこの先返せるだろうか?
「そうですね」
ゆっくり目を閉じる。
唇が触れる。
色々考えることはあるけど、またこの居場所に戻ってくることができて嬉しいと思う。
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完結まであと6話、登場人物達のこれからを見届けて頂けると嬉しいです。最後までご一緒できれば幸いです。
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