後宮4
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
孤児院を出たその後の記憶は、定かではない。
ただただ、その場から離れて、全てのものと距離を置きたかった。一人になりたかった。
私は気付くとセレス領の北部の森にいた。
ここは昔、両親がフィールドワークに来ていた場所で、私の遊び場でもあった。
日が暮れるのも構わず、森の中に入っていく。暗くて進めなくなるまで、歩いた。
その間、頭の中では様々な出来事が思い出されては消えていく。
思い出されるのは、私の大事な人達が虐げられる光景だ。
自分が標的になる分には良かった。
痛いのも、こわいのも、自分で処理できる。
でも自分以外の人はだめだ。
相手もそれを分かってやっている。
確実に私にダメージを与える方法をとってくる。
だから隙を見せてはだめだ。
平気なフリをしながら、どう切り抜けるかを考えろ。
でもやはり及ばない。
技術、知識、経験、何より圧倒的に力が足りない。身体的にも、家としても。
暴力というわかりやすい力の前では、私がどう足掻こうとも及ばないのか?
結局、当時の私は何も出来なかった。
守るべき人達に守られる、力のない自分。
その現実に何度打ちのめされたか……。
分かっている。
私はビヴィ公爵閣下に八つ当たりしている。
閣下は閣下なりに誠意を見せる為に、わざわざ私の前に来た。
序列2位の大貴族の長が小娘に頭を下げるなど、本来ならあり得ない事だ。
もしかすると王宮魔術師に対峙した時の私の伝言通りに、直接来たのかもしれない。
彼は当時、黙認しただけだ。
弱い家が権力の強い家に潰されるのは、今に始まったことではない。
貴族の家には普通のこと。
全ては力のない私が悪いのだ。
私が無力なのだ。
折角何年もかけて蓋をしていた感情なのに、蓋を開けてみれば何も風化していなかった。
暗くて進めなくなった場所で、私は声をあげて泣いた。
誰もいないここなら、ちゃんと泣ける気がした。
✳︎
一通り泣いて思い出すのは、昭国のヤン殿下に言ったことだ。
「なぜ守られるだけの世が泣くのか、わからぬ」
「それは殿下が自分の無力を嘆いて、自分に悔しさを感じていらっしゃるからです。
人は自分のために泣くのです」
今もそうだ。
私は当時の私の無力さを思い出して泣いた。
そして今もまだ無力なままだったと思い知る。
そこには誰にも伝わらないという、孤独。
昭国のユエ執務官の顔が浮かぶ。
「貴方に何がわかるのというのデスカ⁈」
隠していても、隠しきれない、触れられたくない一線。そこに私はあえて触れる。
私は彼に同じことをしておいて、
自分がされて痛くて泣いてしまうのだから、どうしようもない。
「見たくないもの、知りたくないことがたくさんありました。辛い現実を捨てて、私も父と母の元に行けたらどんなに良かったか」
何年かけても消えない気持ちを隠す様に、今の自分を作り上げたのに、こんなにあっさりと崩れるなんて。
何年もかけて作り上げても、なんと脆いことか。
深く息を吐く。
過去の消せない気持ちも、今の無力感も自己嫌悪も、
全部抱えて、堕ちるところまで堕ちるといい。
堕ちた後は、また上がるだけなのだから。
いつもそうやって、立ち直ってきただろう?
✳︎
思い切り落ち込んだあと、膝を抱えて蹲った。
私の中の自分達が口々に言う。
「あいつらが悪い、こちらは何もしていないじゃないか!」
「運が悪かったんだよ。お父さんとお母さんさえ死ななければ……」
「もう済んだことだろう?いつまでも引きずるな」
「自業自得だよ。目立ち過ぎたんだ」
「納得いかない!なんであいつらに従わなければいけないの⁈」
「逃げてしまえばいい。何もかも捨てて」
「逃げてどうする?残された人に迷惑がかかるだけだ」
今までなら収まる気持ちが、全く落ち着かない。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちではだめだ。
私は頭を抱える。
そんな中、一番冷静で、建設的な自分が考える。
「どうしたらいつもの自分に戻れる?」
こんな自分を見せるわけにはいけない。
また心配させてしまう。
どうしたらまた笑顔が作れる様になる?
どうしたら彼の側に行ける?
どうしたらユリウス様に会えるようになるだろう?
柔らかに笑う彼の顔が浮かぶ。
ああ、なぜ今まで思い出せなかったのか?
それほどまでに自分は混乱しているのか。
そうだ、
綺麗なものを見て、自分の心を落ち着ければいい。
綺麗なものが見たい。
この場所なら、あの日見た雪景色を見れば、心が落ち着くかもしれない。
今までも綺麗なものを見て、心の平静を取り戻してきただろう?
私はイメージを持って、指をパチンと指を鳴らす。
いつもならこれで魔法が発動できるはず。
何も起こらなかった。
魔法を使う時、今まで湧き上がるように力が動いていたのに、今は全く感じない。
体にあるはずの力がない、すかすかの感覚。
嗚呼、そうか。
荒れた気持ちでは、魔法を扱うことができない。
今の私には、一時的にではなく
「魔法が使えなくなったのか……」
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