97.転移魔法の習得
家を買ったその日は結局馬車を預けてあった事もあって、私達は宿屋に泊まった。
猩猩獣人親子はベッドがひとつしかなかったらしいが、どうせしばらくは本を読みながら椅子で寝るだろうからと家で過ごす一択だ。
「さて、荷物はこれで全部運び込んだな? しかし……やはり家具がないと不便というか、生活感が出ないな」
宿屋を引き払い、馬車に積んであった生活用品を家の中に持ち込んだので、野営生活程度の生活環境は整った。
アーサーが今日中に転移魔法を覚えて、行き来できるようになればいいと言うので、私とアーサーは森の家に住む。
それなのにこの家のとても日当たりのいい部屋を割り当てられてしまった。
いわゆる主寝室である。
私とアーサーの共用だからという事だが、ほとんど使わないかもしれないのに申し訳ないなぁ。
『転移魔法は魔力量にモノを言わせて空間を繋げる魔法だ。場所をイメージして魔力ごとそこへ自分を送り込むといい』
そんなわけで、今は自室で転移魔法に挑戦中である。
「やってみる……」
アーサーの魔法始動は毎回こんな感じでぼんやりした説明なのだが、主従契約しているせいか、アーサーが言いたい事がなんとなくイメージとして伝わってくるので理解できてしまうのだ。
森の家のリビングを思い出し、魔力で自分を包んで、枝豆の中身が飛び出るみたいにイメージの中に飛び込むと、次の瞬間には森の家にいた。
「おおぉ……! 成功したよ! アーサー! ……アーサー? あれ? もしかして私一人だけきちゃった!?」
一瞬ひやりとしたけど、一度できたなら問題なく戻れるはず。
「せっかく来たわけだし……、前回で見られなかったところを見てみよう」
家の端にある物置きらしき部屋に入ると、そこには防具や武器がゴロゴロしていた。
「すごい、素人の私でも高級品というか、上質な物だってわかるよ。神様公認だから私の自由にしていいんだよね!? あっ、コレは私でも装備できそう。って事は双子でもできるかな? いくつか適当に見繕って町の家に転移できるか試そうっと」
というわけで、狼獣人兄弟とシリルの分の武器と防具を床に並べ、シパンの町の家に転移した。
転移は荷物共々無事に戻る事ができ、部屋でアーサーが待っていてくれた。
『うむ、どうやら無事に習得したようだな。それにしても随分大荷物ではないか。もしやマティス達のためか?』
「そりゃあね。もうすぐダンジョンが復活するっていうし、向こうの家の物置にたくさんあったから。神様が活用していいって言ってくれたから、好きにしていいよね?」
『問題あるまい。本来の持ち主はもうおらぬし、今は主があの家の持ち主なのだからな。空間収納に入れて運ぶといい、容量を広げる練習にもなるであろう』
今の私にはすでに収納している物を合わせたらギリギリか……。
結局一人分がまるっと入らず、抱えてリビングに下りる事になった。
「あれ? サキ、その装備どうしたの?」
最初に気付いたのはリアム、興味深そうに抱えている装備を覗き込んだ。
「ちょうどコレはリアムが使えるサイズのはずだよ。試しに装備してみて」
「いいの!? うわぁ、コレかっこいいね! すごい、軽くて動きやすいや!」
他の三人が羨ましそうに見ていたので、すぐに空間収納から出して説明すると、目を輝かせて喜んでくれた。
この装備が私の思っている以上にすごい物だとわかったのは、翌日冒険者ギルドに行ってからである。




