90.新居
魔女の家から帰った私達は、宿屋で一晩過ごして翌日家を見に出かけた。
「ここなんてどうですか? 少しお高いですが、今日お見せする物件の中では一番おすすめです。建物は比較的新しいですし、大きめだから皆さん全員で暮らせる部屋数はありますよ!」
この町の商業ギルドの職員が三件目に案内してくれたのは、ちょっとしたお屋敷みたいな広さだった。
「私とアルフォンスは皆が家を決めてから近くで探すよ。きっとすぐに本が増えて迷惑かけるだろうからね」
苦笑いしつつ頭を掻くオーギュスト。
そんなオーギュストにギルド職員は興味深そうに目を瞬かせた。
「おや、本がお好きなんですか? このすぐ近くに歴史研究者が住んでいた家があるんですよ。よろしければ後でご案内します。ただ……半年前に出先で亡くなったのですが、身寄りもなくて荷物が全てそのままなんですけど」
ギルド職員の言葉にオーギュストの顔がキリッとなった。
「私は歴史と遺跡を研究している学者のオーギュストといいます。一応本も何冊か出しているので、きっと亡くなった方も私が住む事を歓迎してくれるでしょう」
「ん……? オーギュスト……猩猩獣人……まさか……! あの『フェンリルが誕生する森』を書いたオーギュスト博士ですかっ!? 私、博士の著書は全て持っています! あ、あの、今度本を持ってくるので、サインをいただいてもいいですかっ!?」
「おや、それは嬉しいですね。サインくらいいつでも書きますよ。しかし、まずは家を決めないと」
「はい! お任せください!! オーギュスト博士がご近所を希望なさっていますし、先ほども言いましたがおすすめの物件ですよ!」
オーギュストってそんな有名な博士だったの!?
ギルド職員の興奮度合いに驚いたけど、確かに収入源がないと生活できないもんね。
「しかし、同じくらいの物件に比べて妙に高いのはどうしてだ? やはり新しいからなのか?」
マティスの質問に、ギルド職員はニヤリと笑った。
「実はですね~、このエリアは旧エリアと言いまして、伝説の魔女が住んでいた時代から町だったエリアなんですよ! だから庭を掘ったら旧時代の何かが見つかるかも……というロマンある土地なので少々お高めになってます。現在の中心街からはちょっと離れてますがその分静かですし、冒険者ギルドには近いので、冒険者の皆様ならちょうどいい物件かと! 中をご覧になりますか!?」
「そうだな。見せてもらおう」
内装を見ると、さすがにエアコンの魔導具はないものの、暖炉やキッチン設備、お風呂もちゃんとあった。
綺麗そうだし、アーサーも何も言わないから問題なさそう。
「私はいいと思うけど、みんなはどう? シリルも」
「え!? オレ!?」
シパンに近付くほど口数が少なくなっていたシリルが、驚いたような声を上げた。
「え……、そりゃあ全員の意見聞いた方がいいでしょ?」
「あ、いや、その……、オレも住んで……いいのか?」
「「シリルも住むでしょ?」」
ためらいがちに言ったシリルに、双子が何を当然の事を言っているんだとばかりにハモった。
もしかして口数が減っていたのって、この先自分がどうなるか不安だったからなんだろうか。
「ああ……、オレもここ気に入った。上の部屋も見てくる」
きびすを返して行ってしまったが、一瞬嬉しそうで泣きそうな顔をしたのを見てしまった。
よーしよしよしと撫で回したい衝動にかられたけど、思春期の男の子というのを考慮してやめておいた私を、誰か褒めてくれてもいいと思う。




