65.キエルの村から脱出
「うわぁ! 馬車が二頭立てになってる!」
「リアム、静かに」
思わず声を上げるリアムをユーゴがたしなめた。
だけどリアムの気持ちはわかる、夕方まで一頭で頑張っていた馬に仲間が増えていたのだ!
「ずっと二頭立ての馬車だったけど、この前一頭死んだんだ。ここに置いておいても村人に取られるっていうのなら、これまで世話してきたオレが連れ出した方がいいと思わないか? ちょうど二頭立て用の輓具もあったしな。な、アルフレッド」
さっきまでオーギュストに店のお金とか持ち出せと言われて戸惑っていたようには見えないくらい、シレッと言い放った。
優しそうな微笑みを見る限り、どうやらアルフレッドという馬を可愛がっているのが一番の理由のようだけど。
「じゃあ村人に見つかる前に行くぞ。サキは一緒に御者席に座って道を魔法で照らしてくれ」
「わかった」
マティスに続いて御者席に乗り込み、馬達が驚かない程度に進む先を灯りの魔法で照らす。
いるだろうと思っていた門番がなぜかいなかったので、すんなりと村を脱出できた。
「門番がいなくてよかったね。夜中に出発する言い訳考えちゃったてたよ」
「今夜はサキ達が泊まりにきたから、女将が仕事をすると皆思ってるんだ。余計な事を見たり聞いたりしないように、わざと今夜は人を置いていないんだろ。いつも夜中に出て、明け方には戻ってるから」
私の言葉にシリルが答えた、どうりで門番がいないはずだよ。
「だけど真夜中に出発して、取り引きを済ませて夜の間に戻ってこれるって事は、キエルの町って本当に国境に近いんだね。戦争とかあったら、真っ先に襲われちゃいそう」
「実際あの村は何度か地図から消えているよ。だが、やはり無いと不便だからと作られるみたいだね。だけどまた潰されても被害が大きくならないように、あえて小さい村のままなんだ」
今度はオーギュストが教えてくれた。
さすが学者なだけはある。
「そろそろ国境のはずだが……。シリル、御者はできるか? 奴隷商人に怪しまれないように、私達は荷物の陰に隠れていようと思う。睡眠薬の効果は朝までと言っていたから、それまでにカタをつけないと」
「わかった。一人で来た事もあるから怪しまれないとは思う。だけどいつも五人以上来ているが大丈夫か?」
「人族が相手なら、S ランク冒険者でもない限り問題ない。いざとなったらサキとアーサーがいるしな」
そう言ってニヤリと笑うマティス、確かに神様からお茶を飲ませてもらって以来、魔法の制御も威力も格段に上がっていると自覚している。
正直、チャンスがあればアーサーみたいに大きな魔法をぶちかましてみたいと思っていたり……。
その後、村を出て一時間ほどで国境の塀が見える所まで来た。
腰くらいの高さのレンガの塀が続き、街道が通っている部分だけ途切れていて警備兵が駐在する建物があるけど、普段は使われていないらしい。
「サキ、魔導具の灯りに切り替えるから灯りの魔法を消してくれ。シリル一人なのに普段使わない魔法を使っていたら怪しまれるからな」
「わかった」
灯りの魔法を消すと、一瞬真っ暗になった。
空を見上げると、宝石箱をひっくり返したような星空が広がっている。
どうやら私以外はその星の光だけでしっかり見えるらしく、マティスは荷物から魔導具のランプを取り出すと、馬同士をつなぐハーネスに引っかけた。
「さ、ここからが本番だぞ。シリル以外は気配を消すんだ」
荷台に乗り込んで荷物の隙間に身を隠したマティスの言葉に、皆が頷いている。
気配ってどう消すんですか、そんな言葉を飲み込んで身体を小さく丸めてみた。




