58.キエルの村
オキイの町を出発して六日。
国境近くの村に一泊したら、翌日には隣国のナトリ王国に入る。
「退屈だなぁ、やっぱりオイラが御者しようかな。ただ座ってるだけよりは楽しいし」
「何を言っているんだ、俺がここにいるんだぞ? この俺を見飽きる事なんてないだろ? なぁ、サキ」
リアムのぼやきに、アルフォンスが前髪をファサッと掻き上げて私に同意を求めた。
確かにアルフォンスは可愛くてずっと見ていられる、だけど……。
「アルフォンス、私が住んでた所では、美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるって言葉があるんだよ。いくらアルフォンスが可愛くても、何日もずーっっと見続けていたら飽きるって。この馬車は幌が付いてるから景色もあまり見えないしね」
幸い道中は特にトラブルもなく進んでいる。
王家や神殿から静観するようにおふれが出いているのか、それともアーサーが大きくなったから気付かれてないのかもしれない。
お披露目ではゴテゴテに飾られた私と小さいアーサーだけだった上、平民は裕福層しか中に入れなかったみたいだから、余計に私達一行が聖女とフェンリルとはバレにくいのだろう。
オキイの町を出発してから、マティスやオーギュストに御者の仕方を教えてもらっていたので、宿泊予定の国境沿いの村に到着した時には一人で操縦できるまでになっていた。
「どうどう……」
村の入り口に到着すると、小さい村には珍しく門番がいた。
「こんにちは。宿に泊まりたいから入りますね、身分証はいります?」
門番のいる町だと提示を求められるので聞いてみる。
「いや、ここは国境近くだから一応どんな人が入ってくるか確認しているだけさ、身分証まではいいよ。ようこそキエルの村へ! その白狼は誰かの従魔かい?」
門番のおじさんが荷台を前から覗き込んで聞いてきた。
「あ、私の従魔です」
「へぇ、確かに他の人達は従魔を必要としなさそうだもんな。あははは」
本人が獣だから獣である従魔は必要ないだろうと言わんばかりの物言いに、ちょっとカチンときた。
冗談のつもりかもしれないけど、見下しているような印象を受けたのだ。
「サキ、村に入って左に進むと宿屋があるよ」
オーギュストが荷台から声をかけてくれた。
「よく知ってるね、ちょうど今は宿泊客は少ないはずだよ。ちょっと前は聖女のお披露目だとかで結構混んでいたけどね」
「そ、そうですか。じゃあ運がよかったみたい。それじゃあ」
一瞬ドキッとしたけど、他意はなく言ったようだったのでそのまま村に入って宿屋を目指す。
「それにしても、オーギュストはよく宿屋の場所知ってたね」
「ははは、私は学者だからね。各地の伝承や遺跡を調べたり、若い頃はよく放浪していたんだ」
「へぇ。じゃあ目的地の国の事も知ってるの?」
「一度だけだが、あるよ。しかしあっちは魔物が強いから早々に退散してきたんだ。大きい蜘蛛の魔物なんてのもいたからね」
「うわぁ……。私大丈夫かなぁ」
『主であれば魔法ひとつでどうとでもなるから、安心するといい』
「なら大丈夫かな? あ、あそこが宿屋だね。先に宿の人に声をかけてから馬車を預けるんだよね?」
オーギュストの言う通り進むと、宿屋が見えてきた。
先に馬車を預けようと、宿屋のドアを開くとすぐ横に受け付けと酒場兼食堂が広がっている。
その中で目に飛び込んできたのは、怒鳴られながら料理を運ぶ黒豹獣人だった。




