49.恋敵
「あなたが聖女サキ……いいえ、泥棒猫ね!」
手に持つ扇子をビシィッと向けたのは、ふんわり栗毛の十代半ばの可愛らしいドレス姿の少女。
お披露目の翌日、馬車を用意するという申し出を断り、神殿の敷地を出たとたんに現れたのだけれど……。
泥棒猫って失礼な。
そんな事言われるような心当たりなんて…………まさか……。
「ええと……、もしかしてサミュエル王子の婚約者候補のご令嬢?」
「候補って強調しないでちょうだい! 私は小さい時からサミュエル王子をお慕いし続けて、王子妃になるために五歳からずっと努力してきたのよ! 今更横取りなんて許さないんだから!! サミュエル王子だって、わたくしの事を可愛いって、大切だって言ってくれたもの!!」
ドレスを握りしめ、ポロポロと涙を流す姿を見ながら私は動けずにいた。
候補を強調した覚えはないけれど、彼女にとってはその言葉が癇に障ったのだろう。
「あ……、あの…………っ」
何か言わなきゃと思っても、言葉が出てこない。
「サキ、行こう。別にサキが言い寄ったわけでもあるまいし、気にしなくていい」
「ん、文句はサミュエルに言えばいい」
「そうだよ、サキが気にする事はないからね! 君もサキじゃなくてサミュエルに言いなよ!」
マティスと双子が擁護してくれ、一緒に令嬢の横を通り抜ける。
すれ違う瞬間、令嬢は最初の高い声とは一転して地を這う低い声で呪詛のような言葉を口にする。
「あの時死んでいればよかったのに……! あなたに死んで欲しいと思っているのはわたくしだけではないのよ」
死んで欲しいと思うほど憎まれるという経験はした事がない。
しかもあの時死んでいればって……、もしかして移動中の刺客を送ったのはこの令嬢!?
サミュエルはそれに気付いていたから、私に謝っていたの?
さっきまでは昨日助けてくれたし、想いも伝えてくれて、人生初の恋人ができるかもと思っていたのに……。
あの令嬢と両想いみたいだったし、都合の悪い部分だけ隠していたんだろうか。
もしかして王太子みたいにフェンリルの主だから私を利用しようとしたとか……。
だけど、嘘はついてないってアーサーが言ってたから、そうじゃないって信じたい。
「マティス、こっちだ」
アルフォンスの声が聞こえて顔を上げると、いつの間にか宿屋街に到着していた。
そういえば神殿を出た時、オーギュストとアルフォンス親子がいなかったっけ。
どうやら先に出ていい宿屋を探してくれていたようだ。
「ここは家族部屋というのがあって、隣と扉で繋がっている部屋があるそうだ。マティス達とサキはその部屋にするといい、何かあってもすぐに対応できるようにな」
妙に真剣なオーギュストの目に気圧されつつ頷き、私とマティスとアーサー、リアムとユーゴに分かれて休む事になった。
猩猩獣人親子は、もちろん別の部屋を借りている。
その夜はサミュエルを信じたいと思いつつも、どうしても神殿での出来事や令嬢の言葉を思い出してしまい心がじくじくと疼いて眠れなかった。
自分の事ばかり考えていたという事に、この時の私は気付いていなかった……。




