48.影響
「アーサー! アーサー!!」
抱き上げた瞬間に全身の血液が逆流したみたいな感覚に襲われた。
アーサーの白銀の毛色が明らかにくすんでいたのだ。
『案ずるな、主よ。魔力を封じられたところに、先ほど主が受けた精神的な衝撃の影響が出ただけだ。魔力も戻ってきているゆえ、主が幸せを感じればすぐに元に戻る』
頬を伝う涙を、アーサーがペロリと舐め取った。
温かい舌の感触に、本当に大丈夫だと確信を持つと、力が抜けてその場にへたり込む。
「よかったぁ~、びっくりしたよ。アーサー、無事でよかった!」
『うむ、主も無事でよかった。途中でサミュエルが近付いてくる気配を感じたから、大丈夫だろうとは思ったが。我としたことが、主を危険にさらすなど不甲斐ない。すまない主……、まさかこの魔方陣がこんなところにあるとは……』
「先ほど父上から教えられるまで知らなかったが、神殿には魔力暴走を抑えるための魔法陣が設置された部屋があって、ここがそうなんだ。兄上がサキに興味を持っているのには気付いていたから、サキとアーサーが一緒であればこの部屋を使うだろうと来てみて正解だった……」
沈痛な面持ちできつく拳を握るサミュエル。
へたり込んだまま、その拳にそっと手を重ねる。
「だけどこうして助けてくれたじゃない。ありがとう、サミュエル」
「サキ……」
「私は命令されただけです! 王族の方に逆らうなど、一介の助祭にできないでしょう!?」
見つめ合う私達を現実に引き戻すかのように聞こえてきたのは、べレニス助祭の声。
開いたままのドア越しに連行される姿が見えたが、その瞬間べレニス助祭がもの凄い形相で私を睨んできた。
集まってきた王家の騎士や、教会関係者に紛れてすぐに姿が見えなくなったけど。
『主、魔力も戻ったからもう大丈夫だ。主の気持ちもかなり落ち着いたようだし、部屋でゆっくり休むといい」
「ふふ、そうだね」
テチ、と当てられた肉球に頬をすり寄せる。
気付けばアーサーの毛色も元の白銀に戻っていた。
「サキ、部屋まで送ろう。立てるか?」
「うん、ありがとう」
差し出された手を掴んで立ち上がり、申し訳ないけど装飾品はそのままにして部屋に戻る事に。
王族のサミュエルは何度もきているらしく、私が使っている部屋の位置も把握していた。
部屋の前に到着すると、ジョエル司祭が待っていた。
これまで見ていた感じでは事務的な事を担当していたみたいだから、てっきりあの騒ぎのあった応接室の方にいると思ったのに。
「聖女様、大変だったようですね。心配でしたのでご様子を伺いに参りました。少しお話しをしたいので、サミュエル様もご同席願えますか? 司祭とはいえ、今は男性と二人きりになるのは嫌でしょうから」
「……わかった」
結局ジョエル司祭は私が今後どうするのか聞きたいだけだったらしく、明日神殿を出て宿屋で王都に家を借りるか買うか、それとも集落に戻るか話し合うと報告した。
心配したという割には、私を気遣うという気持ちはあまり感じられなかったんですけど……?
話が終わり、部屋を出ていく時のジョエル司祭の張り付いたような笑みに嫌な予感がしたけど、その予感が当たったとわかったのは、神殿を出た直後だった。




