34.アーサーの実力
あと一時間ほどで昼食摂る町というところで、いきなり馬車が止まった。
「何事だ!?」
サミュエルが馬車のドアを開けて確認すると、剣戟の音が聞こえてきた。
『ほぅ、どうやら賊のようだな。ちょうどいい、我が力を見せてやろう。主よ、全員殺してもいいかサミュエルに聞いてくれ』
「えっ!? あ、うん。サミュエル! アーサーが全員殺してもいいかって……」
「アーサーが!? 一人……いや、二人は話を聞くために残してほしい」
『わかった。二人だな』
そう言うと、アーサーはピョイッとドアの隙間から馬車を降りてしまった。
「あっ、アーサー!」
思わず追いかけて馬車を降りると、アーサーがテチテチと走って前方に行くのが見えた。
そして数秒後、局地的竜巻が発生し、その竜巻の中に黒装束の人影が十人ほど確認できた。
「なんだあれは!? まさかアーサーの魔法か!?」
サミュエルが竜巻を見て驚愕の声を上げる。
「そうだろうね、あの規模の魔法使える人ってこの一行に他にいないんじゃないかな? あの魔導師のおじいさんならギリギリできるかもしれないけど」
「サキはそんな事までわかるのか!?」
「うん、アーサーがね、色々教えてくれたから……って、竜巻が段々赤く染まってない?」
「恐らく竜巻の中で切り刻まれているんだろう。まだ幼体だというのに、さすがフェンリルというところか……」
赤く染まっていく竜巻を見上げて、サミュエルはゴクリと唾を飲み込んだ。
マティス達からも見えているんだろうな、と振り返った時、視界が陰った。
太陽を反射して光る刃物、馬車の陰から飛び出した人物がその刃物を私に向かって振り下ろそうとするのがスローモーションのように見えた。
後列でマティス達が大きな声を出しているのも聞こえる。
「『風斬』」
反射的に口から出たのは、森の中で何度も練習させられた攻撃魔法。
アーサーが気配で気付いていても教えてくれず、魔物が飛び出してきたらすぐに放てと叩き込まれた。
一瞬のためらいが命を左右するから、確実に首を斬り落とせ……と。
首から上がない人を目にしたのは初めてだ。
振り上げられた手も首と一緒に斬り落とされている。
私……人を、殺した……?
「サキ! 落ち着け! 息をするんだ! サキのおかげで私達は無事だった、よくやった。ほら、息を吸って」
そう言うサミュエルに後ろから抱き締められて、自分が息をしていない事に気付いた。
息をしなきゃ、そう思った瞬間、喉がヒュッと音を立てて空気を肺に通す。
ハッハッと不規則な浅い呼吸を繰り返し、血だまりに倒れている黒装束の男から目が離せない。
その時サミュエルの手が私の視界を遮った。
「見なくていい。すぐに片付けてくれ」
サミュエルが近くにいた騎士に指示を出し、運ばれていく物音がする。
その間も優しく話しかけてくれたおかげで、震えていた手も、呼吸も落ち着いてきた。
『主! 無事か!? 何があった!?』
テチテチと走ってきたアーサーを抱きしめると、更に心が平静を取り戻す。
「こっちにも刺客が現れたの、どうやら盗賊じゃなくて、私かサミュエルを狙ったみたいだね。たぶん……私を」
『どうやら我らを歓迎せぬ者がいるようだな。これからは絶対主から離れぬぞ、主も我から離れぬように気を付けるのだぞ』
「うん、わかった。絶対離れない」
そんな私達をサミュエルが痛みを堪えるような顔をして見ている事に、私は気付かなかった。




