31.サミュエルの気持ち [side サミュエル]
少し時間が巻き戻ってスタートです。
私がフェンリルのいる集落に潜入して数日、わかったのはアーサーがフェンリルであり、そしてサキがすでにアーサーの主になっているという事だった。
そのサキはどうも変わっている。
あまりにも常識がなさ過ぎた。
最初は庶民だからかと思ったが、獣人であるマティス達の方が常識的だった。
そして時々、猩猩獣人がやってきてはサキと話してメモを取って喜々として帰って行くのを見た。
遺跡を調べている歴史学者の家系らしいが、まるでサキの方が教えているという印象を持った。
サキの一番の印象といえばお人好しだ、バカなのかと思うくらい騙されやすい。
身体を自分で洗った事がないと訴えれば、人の身体は洗った事がないけどと言いながら洗ってくれる。
そして私の身体を心配して、毎晩魔力循環をしながら添い寝をしてくれた。
私を最初に見つけた時も、普通見ず知らずの子供にあれだけ身体に負荷のかかる魔力循環をしてくれたというのも信じがたい行為だ。
少し子供らしく甘えると、ニコニコと笑顔で希望を叶えてくれる。
さすがに一緒に風呂は入ってくれなかったが。
そういえば魔導師長が大金を渡した時も、アーサーが妃になれると言った時も無欲というか、興味自体なさそうだった。
いったいどういう育ち方をすれば、あんな性格ができあがるのか謎だ。
半月ほど経った時、影を通して神殿も動きだしたと連絡があった。
恐らく魔導師長がサキの事を話したのだろう、驚くべき事にサキは私と同じ二十三歳との事だが、十代の少女にしか見えない。
そんな少女がフェンリルの主となれば、神殿としては聖女として祀り上げようとするだろう。
王族よりも歴史の長い神殿だからこそ、フェンリルの伝承が多く残っているらしい。
先に接触したおかげで、交渉権は神殿ではなくこちらにある。
だが聖女として迎えられるように協力するのが条件だった。
そしてサキ達と暮らしてひと月近くたった頃、話があると迎えに来た魔導師長から、神殿の者達がモヨリ―に来ている伝えられた。
どうやら王家がフェンリルとその主であるサキを囲い込む事を懸念しているようだ。
結果的にサキは神殿に行く決断をしてくれたが、ずっと王都にいてくれるのだろうか。
正直このひと月近く一緒に過ごしていて、とても離れがたくなっている。
王族だからと諦めていた家族のぬくもりというものを教えてもらい、何の下心もなく好意を向けられる心地よさが、時々涙が出そうなくらい私の胸を締めつけた。
だからこそアーサーが王の妃になれると言った時は、思わず反論してしまったのだけれど。
サキは王妃になる事は望んでいなかった、ならば第二王子である私であれば希望はあるのだろうか。
子供の姿では無理だったが、王都に到着するまでの五日間に少しでもサキに男として意識してもらわなければ。
両想いになれたとしても、全く障害が無いかといえばそうでもないが、神獣であるフェンリルの主という聖女の立場であればなんとかなるだろう。
それにしても、サキの周りにいる者達が獣人でよかった。
もしも人族ばかりのモヨリ―に住んでいたら、こんなに愛らしいのだから今頃恋人の一人や二人いたと思う。
サキはよく周りの者達を可愛いというが、そういう本人が一番可愛いのだと全員が……アルフォンス以外は思っているだろう。
サキの事は色々と理解したつもりだが、どうしてもアルフォンスを可愛いという気持ちだけは理解できそうにない。
今の私はサキの目にどう映っているのだろうか。




