650話 『編入試験の記憶』
漆黒の嵐が止むと、魔獣界の各地で邪神力の衝撃波が突然生じるようになった。それだけではなく、大地、山、海ありとあらゆる自然物が漆黒の斬撃によって斬り裂かれる。
そんな邪神力を扱える存在などこの世界には2つしか存在しない。
そう……‶魔獣王〟と‶龍斬り〟しかいない。
「ま、全く見えない!」
今までずっと颯太の戦いを見続けていたはずのリーナですら彼らの超速の戦闘に目が追いついていなかったのだ。
ドォ―ン‼‼‼‼ ドォォォォーーーーン‼‼‼‼‼‼
大爆発の音だけは聞こえるが、彼らの速度は音速を超越しているため、爆発音が鳴っているところにはもういない。そこにはズタズタに切り裂かれた殺風景しか残ってはいなかった。
そんな中、唯一颯太たちの戦いを目で追っている者がいた。それは‶光の奇才者〟にして、その能力を極めたフリック・メイナードだ。
「なんて男だ。‶超速移動〟ですら大量に魔力を消費する欠陥とも呼べる魔法だっていうのに、それを長時間も使ってられるなんて……」
フリックの言う通り、自身の速力を上昇させるような魔法と言うのは、通常の攻撃魔法よりも何倍も多くの魔力量を必要とする。その速力が上がれば上がるほどさらに多くの魔力を消費する。
普通の人間では1回使用するだけで魔力切れを起こすため、‶奇才者〟と呼ばれる人間以外の使用は禁じられるほどである。
「‶雷の奇才者〟や‶光の奇才者〟なんかは属性の能力で移動速度を格段に上昇させることができる。だが誰一人として常時その移動をしようとする者なんていない。僕ですら光の移動魔法なんて5回使えたらいい方だ」
フリックは‶超速移動〟よりも上の次元の‶神速〟を多用する颯太に驚きを隠せないでいた。
「彼の正体は悪魔だということはこの間知ったけど、悪魔と言うのはもともと人間が悪の力に目覚めて進化した姿。つまりベースは人間であって魔力量は人間と同等か少し多い程度なはず。だから彼は悪魔だからこんなに強いんじゃない。雨宮颯太だからこんなに強いんだ」
フリックは颯太のさらなる可能性に期待していた。しかしその可能性と言うのはこの戦いを見て抱いたわけではなく、初めて颯太を見たときから抱いていた思いだった。
――1年と数ヶ月ほど時は遡る。
リーナやロゼたちが入学したばかりの頃、フリックは魔法学院に届けられた新聞記事をいち早く開いて熟読する。
「なになに……‶プラチナランク冒険者・龍斬り〟が前人未到の迷宮を攻略!? あの入ったら二度と帰れないと言われてるあの迷宮をか!?」
フリックは後の人が読むかもしれない新聞を力強く握りしめる。そんな彼を見たレージス学長は大笑いする。
「ガッハッハ~! あの迷宮を攻略する奴がおるとはなぁ! わしですら途中で断念したというのに大した男じゃ!」
「レージス学長!」
「それにこやつはまだ冒険者になって6年目の16歳だとはなぁ。実にすごかばい!」
「16歳!? うちのクラスの子と変わらないじゃないですか!」
「うちの学校に来てはくれんかのう?」
「いや、流石に来ないでしょ」
‶龍斬り〟の迷宮攻略から2週間たったころ、学院では月一で行われる編入試験が開催され、多くの若者が学園に入って来る。フリックはその試験官として編入生全員に試験内容を説明する。
「いいか君たち。この編入試験ではこのジャポニクス製の電脳世界に一人ずつ入ってもらう。そしてその世界で魔獣を合計3体以上倒せれば合格とする! ただし、途中戦闘不能に陥ったり戦意喪失したりした時点で不合格とする」
‶魔獣〟という言葉を聞いて受験者たちは全員萎縮する。魔獣と言うのはそれほど人間にとって恐怖の存在なのだ。
(やはりこの反応をするか。電脳世界だから死ぬようなことはないが、そこに住む魔獣は恐ろしいほど強い。危険度は1~25ほどの魔獣が合わせて3千匹存在するこの試験を合格するには低危険度の魔獣をいかに感知して素早く討伐できるかが大事になってくる。魔力感知が如何に長けているかを試す最難関な試験だから、今月も合格者は0か……)
彼の思った通り、100人近くいたはずの受験者たちは電脳世界で次々と魔獣たちの返り討ちに遭い、90人近くが脱落していった。
目の前の魔獣に考えなしに突っ込んで一撃でノックアウトにされたり、自身の魔力を隠せずに逆探知されて不意打ちされたりと、受験生たちは魔獣を一匹倒せず散っていき、ついに最後の一人だけとなった。
「最後の一人、名前は雨宮颯太……魔力量がそこまで高くないから彼もどうせ……」
この時フリックはこの受験生が魔力を極限まで隠していることに気付いていなかった。
「今から100人目の試験を開始する。受験者は電脳世界へ入りなさい」
受験生はフリックの言う通りに電脳世界へと入り、試験開始の合図が鳴る。
すると受験生は‶超速移動〟で即座に危険度1の魔獣のところまでやって来ると、大きく回し蹴りをして3体同時に蹴り殺してしまった。
「あれは無属性魔法、‶ハードボディ〟‼‼‼‼ ‶第二魔法学院〟の成績上位者ぐらいしか使えない高難易度魔法だぞ! それにあの距離からの魔力感知、一流冒険者でもできるかどうか……」
フリックはあまりの衝撃につい放送するのが遅れてしまった。
「ゴ、ゴホン……魔獣3体討伐を確認したので、すぐに電脳世界から脱出してください」
フリックはマイクから手を離すと椅子に勢いよく座り込む。
(まさかあんな逸材が編入してくるとはなぁ。それにあの強さ……もしかしたらリーナ君やソマリ君と並ぶくらいにまで成長するのかもしれない)
しかし電脳世界から脱出するまでが試験。そこで魔獣に襲われて戦闘不能にさせられてしまえばせっかく3体倒しても不合格になってしまう。フリックは再び画面に顔を近づけて試験の様子をうかがう。
すると颯太は先程からその場を一歩も動かず、ただじっとそこに突っ立っていた。
「どうした? 早く帰って来なさい。この電脳世界から無事帰還するまでが編入試験だ」
「なぁ試験管よぉ……別に試験のルールに3体より多く魔獣を倒してはいけないってもんはねぇんだろ?」
「まぁ、3体以上であれば合格だが……」
「なら問題はねぇんだな」
颯太はフリックに確認を取った後、自身の魔力を最大まで上昇させる。このとき初めてフリックは颯太が力を隠していたことに気付く。
(何だこの魔力量は!? 奇才者? いやそれ以上かもしれない!)
颯太の計り知れない魔力のオーラに魔獣たちが続々と引き寄せられてくる。
「ま、まさか君……ここにいる魔獣全員と戦うつもりじゃあ……」
「……そのまさかだ!」
颯太は汚いローブを脱ぎ捨てると、ローブで隠れていた鍛えられた前腕筋が露わになる。
そしてその腕から放たれる強烈なパンチはゴブリンの顔面に直撃し、そのまま地面へとめり込んでいく。
狼の魔獣を蹴りで顎を砕き、ゴリラの魔獣を握力で腕を潰す。さらにワニの魔獣にはわざと腕を噛まれて、自慢の筋肉の硬さで逆に歯を折り、強烈なかかと落としを喰らわせた。
このような光景が5分ほど続き、あっという間に魔獣の数は残り百体となった。
「魔獣の数は残り百体……だけど残っている魔獣たちはどいつも危険度が20を超えている。とてもじゃないが体力を使った雨宮君には勝てる見込みがない」
フリックはそう呟くと、マスターコントロールルームにレージス学長が入って来た。
「本当にそう思うのなら彼の魔力量を感知してみるたい」
「レージス学長!?」
フリックはレージスの入室に驚きつつもマスタールームの危機を使って画面越しから颯太の魔力を感知する。
「な、なんてことだ!? 魔力量がほとんど減っていないだと!?」
彼の魔力量を百分率で表せば残りは約98パーセントと言ったところだろう。
「な、なぜそんなに?」
「魔力をほとんど使ってないからじゃよ!」
フリックはレージスの言葉に「えっ!?」と声を漏らし、もう一度颯太の戦いをモニターから確認する。すると颯太は魔力を使った攻撃は全くしておらず、素の筋肉だけで敵をねじ伏せていた。
「こんなこと、‶マリアネス第一魔法学院〟の生徒にはできないことですよ!」
「そりゃ当然じゃよ。なんせ彼は今世間をにぎわせている新生‶プラチナランク冒険者〟の雨宮颯太じゃからのう!」
「か……彼が!?」
フリックは一体何回驚けば気が済むのだろうかと突っ込みたいほど驚きまくる。しかしすぐに彼の強さと経歴に合点がいった。
「確かに残っている魔獣はどいつもまぁまぁ強ぇな! あの迷宮のゴーレムレベルと言っても過言じゃねぇよな」
颯太はそう呟き、すうっと背中に背負う鞘から黒刀を抜き取る。そして黒刀を両手で握った瞬間、彼の体から激しく漆黒のオーラが溢れ出す。
「ここからはこの姿にならねぇと倒すのに時間がかかり過ぎて、試験官に飽きられてしまうな!」
颯太は小さく呟くと、目の前にいる魔獣を鋭い眼光で睨みつける。
魔獣は驚き萎縮するのだが、その萎縮する時間は彼にとっては時間が止まっているのと同然である。
目にも止まらぬ激しい斬撃が萎縮する魔獣だけではなく、残りの魔獣全てをズタズタに切り裂いていく。
最後に残ったリーダー格の魔獣の顔面をしっかりと握った颯太は不敵な笑みを浮かべながら……
「‶波動旋風〟」
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
漆黒の衝撃波が魔獣の体を粉砕し、その威力に耐え切れなくなった電脳空間は空間を捻じ曲げながら颯太を外の世界へと叩き出す。
フリックの目の前に転がってきた颯太は先程の恐ろしさとは裏腹に、屈託のない笑顔を見せると、フリックの目を見て敬礼する。
「雨宮颯太、帰還に成功!」




