596話 『人狼』
爆風で吹き飛ばされた瓦礫が徐々に落下していく中、膝をついて息を切らす颯太のところへスラッシュバイツが駆けつける。
「何とか倒すことができましたか?」
剣を鞘にしまっているからか口調も穏やかになっていた。
「いや、奴はまだ生きてるだろうな。だがすぐに戻ってこれないくらいの距離まではぶっ飛ばすことができた。そのままそこで力尽きていればいいんだがな……」
颯太は呼吸を落ち着かせながらゆっくりと話す。
「……しかし参ったなぁ。‶王格の魔獣〟とは言え、幹部相手にここまでやられるとは思わなかったぜ!」
「そうでしょうか? そこまで傷を負っているようには見えませんが……?」
「まぁ確かに大したダメージは受けちゃいねぇが、何より邪神力をかなり消耗してしまった。これだと連戦が厳しくなる」
「なるほど……ですが邪神力は魔力が回復すれば作り出すことができます。だから魔力の自然回復を待てばまた今のように戦うことができますよ! 怪我がなくて何よりです」
スラッシュバイツはニコニコとほほ笑みながら颯太の肩を叩くと、ボロボロになった螺旋階段をゆっくりと上っていく。颯太も「確かに……その通りだ!」と一言呟きながらスラッシュバイツの後を追う。
――‶最果ての魔龍城・地下2階〟
このフロアは以前颯太が監禁されていた場所であり、頑丈な鉄格子の牢屋がいくつも設置されている。そんな階層に一人の魔獣がゆっくりと降りて来る。
「やっと来たか! ソースイウルフ!」
シュルシュルと音を立てながら舌なめずりする大蛇の魔獣が、狼の耳と尻尾を持ったケモビト族に似た魔獣を呼ぶ。
「俺に一体何の用だ? ハブリーズ」
「ハブリーズ先輩だろ!? 後輩のくせに!」
「同じ‶第三幹部〟なんだ。それにここは完全実力主義の組織。格下のお前なんかに敬称で呼ぶ気は毛頭ない」
ソースイウルフの大きな態度にハブリーズは怒りの表情を露わにするが、何故かその後に不敵な笑みを浮かべる。
「そんな態度をとってられるのも今のうちだぞ! 裏切り者」
「ッ!?」
ハブリーズの突然の言葉にソースイウルフは思わず瞳孔を開く。
「やっぱりその反応は何かしら心当たりがあるってことなんだろ?」
「はっ、何のことやら……言いがかりはよせ」
「もう調べはついてんだ! シラを切ろうが意味がねぇ!」
ハブリーズはそう言い奥に転がっていた毛皮を剥ぎ取られた猫魔獣の死体を放り投げる。
「この魔獣、俺の部下の魔獣だ……こいつの死体を精密検査したら傷の95%に‶龍斬り〟の魔力の痕跡が残っていた。恐らく追剥でもしてたんじゃねぇか? だが残りの5%にお前の魔力の痕跡も残っていた。これは一体どういうことだろうなぁ?」
ハブリーズはタブレット端末まで持ち込んでおり、その液晶画面からはいくつもの監視カメラの映像が映し出されていた。
「ここに映っている魔獣の死体に心当たりがあるんじゃねぇか?」
ソースイウルフはその映像を見続けたまま黙り込む。
「だんまりは認めたってことでいいんだな?」
ハブリーズは不敵な笑みを浮かべると自身の魔力を上昇させる。すると、部下の魔獣たちもぞろぞろと湧いてくる。
「どおりで最近不可解なことばかり起こったわけだ! 捕らえたはずのケモビト族の突然の消失、遠征先の小隊の全滅、すべててめぇの仕業だろ? ‶人狼〟」
ここ数ヶ月にわたって‶魔獣軍〟で起こる怪事件。どれも軍にとってさほど痛手ではないが、繰り返し頻繁に起こることで敵のスパイを疑い、そのスパイのことを‶人狼〟と呼んでいた。
普通‶人狼〟と言えば人の姿を装った狼という裏切り者のことを指すのだが、この世界では魔獣が大半を占めて過去にこの世界を閉ざした人間を完全に敵視しているため、狼の姿を装った人という裏切り者を‶人狼〟と呼んでいるのだ。
そのためこの1ヶ月はハブリーズが中心となって‶人狼〟の大捜索が行われていた。
「‶人狼〟……狼系統の魔獣のお前にはぴったりの呼び名じゃねぇか!」
ハブリーズはそう言いながら高らかに笑う。
「ああ、確かに俺が‶人狼〟と呼ばれる裏切り者だ! だが俺は敢えてお前だけにバレるように動いていた。何故だと思う?」
何とソースイウルフはあっさりと自分の正体をばらしてしまった。しかしその言動には何か裏があるようにも思われる。
「なんだ? 俺だけにばらして‶魔獣王〟様に口添えでもしてほしいってか? そんなことするわけねぇだろうが! でもお前が‶第三幹部〟をやめて俺に忠誠を誓う奴隷になるんだったらしてやってもいいな!」
「誰がそんなことを聞いた?」
ソースイウルフは鋭い目つきでハブリーズを睨みつけ、ソースイウルフを取り囲む部下の魔獣を一瞬で切り刻む。
地下通路の壁には赤い鮮血が斑上に飛び散る。
「お前が自分の手柄になりそうなものを上に報告せず、自分で始末をつけようとするタイプの魔獣だってことを初めから知っていたからだ」
「うぐっ!?」
ハブリーズは図星だったのか、返す言葉が見つからず思わず後ずさりする。
「俺は下っ端魔獣の頃から幹部のお前の下でずっと働いてきたからお前の行動が手に取るように分かる。それにお前は上に立てるような器じゃねぇってこともな」
「そこまで分かってんなら俺がお前の世話をしてたことだってわかってんじゃねぇのか?」
「いや、分からねぇなぁ~。なんせ俺はウルセイウチに便乗して部下を痛めつけていたお前の姿しか思い出せねぇな。それに最初はレオメタルさんが穏便に済ませようとしていたからよかったものの、あの方がいなくなった後、お前とウルセイウチがしてきたことを……忘れるわけねぇだろうが!」
ソースイウルフは怒りの感情をむき出しにして‶高格の魔獣〟のハブリーズには使うことのできない神力を放つことで威圧する。
「お前の大きな失態は上に報告しなかったことだ! 俺が‶人狼〟だと確信した時点でレオパルドかハヌマーンに報告すべきだったな!」
「クソガァァァ‼‼‼‼‼」
ズバァァァーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
ソースイウルフの爪の一撃は地下の鉄格子を全て破壊してしまった。そして真っ二つになったハブリーズの死骸を紅の魔獣砲で欠片一つ残さず消し飛ばす。
「さぁ、目障りなやつも消えたところだから……もう少し‶人狼〟を続けるとしますか!」
ソースイウルフはそう言いながらパチンと指を鳴らす。するとハブリーズが持ち込んだタブレット端末の映像に映る‶人狼〟の証拠となる死体が全て木端微塵に消し飛ぶ。




