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聖女候補接近

 急に二人の距離が縮まった事に驚いていると真上から彼の声が聞こえた。

「リリー、敬語で話すのをやめているぞ」

「え?」

「敬語をやめて普通の言葉で喋っていた」

「ごめんなさい、気が付きませんでした」

「違う、謝らなくていい。そのままでいい」

レジナルドが嬉しそうに笑った。


話しながら踊っていると、あっという間に終わってしまった。婚約者ではない私たちは続けて踊る事は出来ない。周囲にはレジナルドが来た事に気付いた女性たちがたくさん集まっていた。男性たちも待ち構えている。

「あれの中に飛び込みたくはないし、リリーを奴らに渡すつもりもない」

レジナルドは私の腰を抱いて、ダンスエリアから出た。


「少し何か食べないか?」

「そうね。お腹が空いちゃった」

奥には色々な食べ物が置かれている。二人で皿に取り分けてソファに座る。


そんな中。

カツカツと足音をさせて近寄ってきた人がいた。


「まあ、レジナルド様。いらっしゃっていたのですね。うれしいです。もしかして私がこの夜会に参加することをご存じだったのかしら?」

シモネッタ嬢だった。ごめん、来ていることさえ忘れていたよ。


「誰だ?」

本人にではなく私に聞くレジナルド。

「聖女候補のシモネッタ嬢です」

「聖女候補……そういえば、候補がいると聞いた気がする」


「やはり、私の事を知っていてくださったのですね……キャッ」

近寄ってきたシモネッタ嬢がとてもわざとらしくよろけた。しかし、反射神経のいい私たちは咄嗟に左右にどいた。


顔からソファに突っ込んでしまったシモネッタ嬢。周りから憐憫や嘲笑の視線を向けられている。が、しかし、彼女はとても強かった。

「てへ、転んでしまったわ」

ペロリと舌を出し、おっちょこちょいアピールをしてからソファに座り直す。左右に避けてしまったために、真ん中にしっかり座られてしまった。


「私ったらドジっ子で」

肩をすくめておどけてみせる。その仕草だけだったら可愛い。顔からソファに突っ込んだ過去さえなければ、だが。


「レジナルド様。なかなかお話する機会がありませんでしたね。やっとゆっくりお話し出来そうですね」

思いっきりいい笑顔でレジナルドに言ったが、彼はそこにはもういなかった。


「リリー、それ美味いか?一口くれ」

隣のソファに早々に移っていた私たちは、美味しい食事に舌鼓を打っていた。普通ならばそこで諦めるだろうと思うのだが、流石はヒロインを自負しているシモネッタ嬢。私たちの目の前に立った。


「レジナルド様、私が聖女であるとわかっていらっしゃいますか?竜騎士団と共に王都に蔓延る瘴気を浄化させる役目を持っているのですよ」

腰に手を当て、胸を張って言い切る。しかし、それでもレジナルドは無視。


「ちょっと、聞いてますか?レジナルド様」

彼女が彼の腕を掴もうと手を伸ばした。


パシンとその手を払いのけ、レジナルドはギロリとその手の主を睨みつけた。

「貴様、先程から一体何なんだ?俺はリリーと過ごしているんだ。見えないのか?そのぐりぐり動く目玉は飾りか?聖女候補だかなんだか知らんが、俺の名前を軽々しく呼ぶことなど貴様に許した覚えもないし、気安く触れる許可も出していない!貴族なら最低限のマナーくらい守れ!」


払われた手を、もう一方の手で庇いながら、茫然としていたシモネッタ嬢だったが、沸々と怒りが湧いてきたのか表情が変わった。


「あったま来た!いくら隠れキャラだからって、私の最推しだからって、もう許さないわ。王都が瘴気で覆われて、私が全てを浄化したら絶対に土下座させてやる!私を娶りたいと懇願させてやるから。覚悟しなさい!」

鬼の形相で捲し立てた彼女は、ドスドスと聞こえそうな程大股で去って行った。


その後を慌てて追いかけるインファーナ司教の口元が歪に笑んでいる事は誰も気付かなかった。


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