気障な人でした
「さ、踊ろ」
マントを着けていないグランディ様に中央へ連れて行かれた。
「踊れるのですよね」
マントがない事も違和感があるし、踊れるというイメージも湧かない。
「失礼だよねえ。これでも侯爵家の嫡男だよ。しかもオスカーの従兄弟。しっかり鍛えられたって」
「それもそうですね」
実際、踊ってみると楽しかった。線が細いせいなのか動きが軽い。
「お上手なのですね」
意外過ぎて驚いてしまった。
「もうホント、リリー嬢は失礼過ぎ。でも可愛いから許す」
「ふふ、可愛ければなんでも許してしまうのですか?」
「リリー嬢だったら許しちゃうかも」
どさくさに紛れて腰にあった手が蠢いた。
「やっぱり変態だわ」
「なんだろう。リリー嬢に変態って言われるたびに、何かこう、込み上げてくるものがあるんだよねえ」
正真正銘の変態だ。
「踊るの、やめていいですか?」
「嘘、嘘に決まってるじゃない」
「……嘘、じゃないですよね」
「その冷たい言い方。うう、クルなあ」
「もう」
笑いながらも軽やかに踏むステップは、最後まで続いたのだった。
流石に少し休憩をしようと、近くのソファに座り飲み物を飲んでいると、声を掛けられた。
「リリーさん、ですよね」
見上げると会場の照明で、いつも以上にキラキラして見える天使がいた。
「インファーナ様」
「ああ、どうぞ私の事はキャルムと。インファーナですと父と同じになってしまいますから」
彼も飲み物をもらって隣に座った。
「お疲れのようですね」
「それはお互いに」
思わず二人で笑ってしまう。
「父の暴走が、ね。おまけに聖女候補もなかなかで」
「彼女は聖女には?」
「正直、無理ではないかと。聖魔法を持ってはいるのですが、魔力そのものが少なすぎるのです」
なるほど。聖魔法は魔力が多くなければ本領を発揮できないだろう。
ふと、すれ違いざまに言われたことを思い出す。
「あの、キャルム様は悪役令嬢という言葉をご存じですか?」
「悪役、令嬢ですか?いいえ、残念ながら知りませんが。それは何なのですか?」
「いえ、私にも。以前、ちょっと小耳に挟んだのですが、どういう意味かわからなくて。もしかして教会の言葉なのかと。申し訳ありません」
「いいえ。こちらこそお役に立てず、申し訳ありません」
謝らせてしまった。
なんとなくシモネッタ嬢を目で探すと、なんとオスカー殿下と踊っていた。なかなか楽しそうだ。彼女が何故かこちらを見た気がする。見たというか、睨んだ。なんで?
「やはりあなたは貴族令嬢なのだと、痛烈に感じてしまいました」
「え?」
彼女に集中していて、必要以上に驚いてしまった。
「わかってはいたのです。ただ、街で会うあなたは冒険者で楽しそうで。つい高位貴族であるという事を忘れてしまうのです」
少しだけ悲しそうな、苦しそうな表情をするキャルム様。天使様のそんな顔は見ているこちらが辛くなる。
「貴族と言っても、私は三女ですし。以前もお話しましたが、上の姉は婿を取って公爵家は安泰で、下の姉も隣国の公爵家と婚約を結んでいます。だから私は特に気負う事もなく、本当に好きにさせてもらっているんです。上の姉なんて、無理に結婚しなくてもいいって。ずっと家に居なさいって言ってくれるんですよ」
ニコリと笑うとキャルム様も微笑んだ。
「そういえば」
キャルム様が改まった様子で私を見つめる。
「まだ言っておりませんでした。今日はとてもお美しいですね。冒険者の姿でも美しいですが、ドレス姿は格別です。壇上から見えたあなたは、まるで地上に降り立った女神のようでした」
不意打ちの褒め殺し。今日はもうなんだか褒められ続けて満腹だ。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、照れている姿は愛らしいです」
なんだ?この気障天使は。
「リリーさん、また街で会っていただけますか?」
「また何かクエストですか?」
「そうではなく……デート、してくれたら嬉しいなと」
「え?」
「ふふ、また会うのを楽しみにしております」
キャルム様が立ち上がった。
「そろそろ彼女を連れて帰らなければ。ではまた」
私の頬をさらっと撫でて去って行った。一連の流れが自然過ぎて、見送る事しか出来なかった。
「天使の顔で、キザ過ぎる……」
ぼおっとキャルム様の行方を追っていると、目の前に壁が出来た。




