それはやがて
「まぁ…なんということでしょう? この私が自ら出向いて差し上げたと言うのに見つからないなんて…」
ゆるくウェーブの掛かった金色の髪が夜風に舞った。その金色の髪の主、エメラルドの瞳をした美しい女性が芝居掛かった所作で自らの手を胸に当てながら夜空に嘆いた。その仕草にパーティーメンバーは男女問わず見とれている。彼女にはそれだけの美しさがあった。黒革の鎧に身を包み、腰には綺麗な装飾が施されたレイピアを差している。パーティーメンバーの1人が彼女に話しかける。
「ケーナ様、これ以上の深入りは危険です。今回の遠征に見合うだけの成果はもう出ています。それにレイラルカーラ様の依頼期限も既に過ぎてしまっていますし、そろそろ撤退を考えた方がよろしいかと」
「そうね。流石の私も飛龍の住処を荒らすほど命知らずではないわ」
彼女の名前はケーナ・マルチネス。ルワンダに3人しかいない星持ちの冒険者の1人だ。そして金色の調べのリーダーだ。凶悪な力を持つ魔物が多く生息するこの地にあっても彼女たちにとって脅威と呼べる存在は少ない。証拠に多くの戦果として倒した魔物の希少な素材が現在の拠点に積まれている。流石にこれ以上は持って帰ることはできないだろう。そして、いくら星持ちの冒険者とはいえ飛龍を相手取るのは無茶なことだ。ケーナが付近を探索していた4日ほど前にも飛龍が癇癪を起こしたのか暴れたのだがとても近づけるものではなかった。
「はぁ…私と同じく高貴な金色の髪と私に劣らない美貌を持ったレイラルカーラを手に入れるチャンスだったというのに」
熱がこもった艶やかなため息を吐き、彼女は自分の頰に手を当て憂いを帯びた瞳を森の奥に向けた。彼女の目線の先にあるのは森の中にある滝壺だ。魔力をある程度扱えるものなら一目でわかるほど一際強大な魔力を感じさせる場所だ。
「ダメね。稀有な薬草が生息しているとわかっていてもあそこへは立ち入れないわ。なぜなら飛龍が暮らす場所。少しでも荒らせば手痛いしっぺ返しが待っていることでしょう。…あそこならシェラウンの花が生えていたとしても不思議ではないわ。わかっていても手を出せないのだから、本当に飛龍という存在は厄介ね。ま、飛龍が暮らすからこそあの場所は魔力に満ち、豊かな土壌となるのでしょうけど。皮肉なことね」
忌々しそうにケーナは呟いた。
『グァ〜〜!!』
その時、突如森に大きな怒声が響いた。その声に金色の調べのメンバーは身をすくめた。そして、その怒声がした方角を見る。それは間違いなく飛龍の住処がある滝壺の方角であった。
「あらあら…これはこの間の時より激しい怒りを感じるわね。…まさか住処に誰かに踏み込まれたかのように」
「まさか!」
「ええ…、そのまさかよ。愚か者がいたようね。皆さん、すぐにここから撤退するわよ!」
金色の調べはすぐさま支度を整え、街へと退散していくのであった。




