小銭稼ぎ
レイラルカーラ・メラは若くして1級の冒険者となり、更には街を襲撃した地龍を討伐した功績を持って冒険者の夢とも言われる星持ちとなった。その実力は彼女が拠点としている街、ルワンダだけでなくリフィール王国の王都までその名は知れ渡っている。
彼女の知名度が高い理由はその実力もさることながら、男女問わず見たものを虜にするほどの美貌だ。同業の冒険者だけでなく、騎士や貴族たちからも求婚されても袖にしてきた。
彼女は純粋なエルフではない。人間とエルフの間にできた子供で、所謂ハーフエルフと呼ばれる存在だ。見目麗しくその美貌は妖精のように可憐でありながら、ハーフということもあってか純粋なエルフの女性に比べ出るところは出ている。街を歩けばすれ違う男性は振り向かずにはいられない魅力を持っていた。
そんなレイラルカーラは今、冒険者ギルドの酒場兼商談スペースで酒も飲まずにひたすら何かを待つようにギルドの入り口とカウンターを見守っていた。木製の机を指先でトントンと叩き、苛立ちを隠せずにいる。そんな姿でさえ様になってしまう彼女を、冷やかしに集まっている冒険者たちは酒を飲みながら遠巻きに眺めている。
彼女の気が立っている理由は、彼女の依頼したクエストの達成者が出ていないからだ。そして今日がそのクエストの期限の最終日だからだ。
彼女の依頼は“シェラウンの花の採取”である。シェラウンとは淡く輝く薄紅色の花弁を持つ希少な植物だ。
シェラウンの花は煎じて飲めば寿命を1年伸ばし、根は最上級の魔力回復薬の材料になると言われている。人族にとっては寿命を延ばすことができる夢の薬草として多く知られる。ただし、その生息地から一般には滅多に出回らない。なぜなら、そのシェラウンの花は魔力を多く含有した土壌、そして空気中の魔力密度が高い場所でしか咲かないからだ。自然と生息数も少ない。そのため、もし市場に出回ったとしても莫大な財産を持つ貴族が購入をしてしまうのがオチだ。
人族にとってシェラウンの花は寿命を延ばすことができる夢の薬草だが、エルフにとってはもっと重要な意味を持つ植物なのだ。
半分とはいえエルフの血が入っている分レイラルカーラの寿命は人間の寿命よりずっと長い。レイラルカーラがシェラウンの花を欲する理由は寿命を延ばすためではない。彼女のたった一人の家族である妹のためにシェラウンの花が必要なのだ。
エルフだけが掛かるカイゼル病と呼ばれる病気を治す薬の材料になるのだ。カイゼル病とは、魔素が肉体に留まらず体外に流れ出てしまうことによって魔素欠乏になり、体が徐々に弱っていき、いずれは死に至る病なのである。
ハーフエルフであったレイラルカーラも昔この病気にかかり、エルフであった父親の伝手で何とか入手したシェラウンの花で命を取り留めた。今はその父親もおらず、
つまるところ彼女の、自分の命より大切にしている妹がこのカイゼル病にかかってしまったのだ。これを治すため、レイラルカーラは彼女のパーティーメンバーと共にカイゼル病を治すための薬の材料を必死で集めたが最後の最後このシェラウンの花が見つかる前にパーティーメンバー共々深い怪我を負ってしまい、自分の力で集めることができなくなってしまったのだ。エルフの暮らす森でもシェラウンの花は極少量ながら採れる。しかし、それは自分たちが使うためであり、外部へは滅多なことでは提供することはない。ましてや血が混ざることが嫌いなエルフのことだ。ハーフエルフを救うために希少な薬草を提供するわけがない。
そのため、藁にもすがる思いでギルドへクエストを依頼したのだ。だが、一つ星を持つ自分と自慢のパーティーでもシェラウンの花が自生すると言われている常闇の森では見つけられなかったのだ。そもそも常闇の森まで辿り着くのが至難の技だというのにそこでさらに本当に生えているかどうかもわからない花を採ってくることなどできる冒険者がいるのだろうかと彼女の心を闇が覆う。
そんなときギルドの扉が開く音がした。はっとレイラルカーラがギルドの入り口を見るもそこにいたのは彼女のよく知る人物だった。それは今妹の面倒を見てもらっていた彼女のパーティーメンバーの一人であるウェリアだった。兎人族の彼女は白く長いうさ耳が特徴的だ。線が細く顔も整っており、レイラルカーラよりも大きな胸をしている。ギルド内の冒険者たちは彼女の胸元に釘付けだ。ウェリアはギルド内を見渡しレイラルカーラを見つけ、彼女の元に近づいていった。
「どう、レイラ? 状況は?」
「ダメだな。常闇の森へ向かったものたちの大半は既に引き返してきてしまっている」
ウェリアの問いにレイラルカーラは答えた。もう既に彼女の依頼したクエストに名乗りを上げたメンバーは怪我であったり、パーティーの半壊滅であったりという形で引き返してしまっている。正直、残りのメンバーも期待できるパーティーはこの街を拠点とする星持ち冒険者の3人のうち一人が所属する“金色の調べ”くらいだ。
「そう…」
二人の間を暗い雰囲気が漂う。そしてウェリアが切り出した。
「レイラ、一度家に帰りましょう。彼女も寂しがってるわ。あって上げて」
その言葉にレイラルカーラは数瞬止まったのち、ゆっくりと諦めるかのように頷いた。
「ああ、…そうだな。一度帰るとしよう」
レイラルカーラはゆっくりと席を立ち、ウェリアと連れ立ってギルドの出入り口へ向かおうとした。するとそのタイミングでギルドの扉が開き、一人の男が入ってきた。彼女はその姿を見て思わず立ち止まってしまった。彼は彼女の妹と同じ黒色の髪をしていたのだ。彼女は自分がクエストを依頼した日にギルドの前ですれ違ったことを思い出した。大事な妹と同じ色の髪をしていたので記憶に残っていたのだ。
黒髪のその男はゆっくりと目立たないように身をすくめながらギルドの受付へと向かっていく。服装はボロボロで所々が破れている。そして所々が汚れていた。
「お、小銭稼ぎじゃないか」
「はっ、なんだ? 戦えもしない奴がボロボロだぞ! 9級冒険者様は一体どんな冒険をしたんだ!?」
「ははは! その黒い髪にお似合いの格好じゃないか!」
ギルド内にいた男たちが黒髪の男を指差して笑う。黒髪の男は取り繕った笑顔を浮かべながら、いっそう身をすくめカウンターへと向かっていった。彼の年齢は20代に見えるが未だに9級らしい。あまり期待ができないようだ。冒険者たちの黒髪を揶揄する発言にレイラルカーラの中に苛立ちが募るも堪えた。今はそんなことに構っている暇はないのだ。
「だ、大丈夫ですか!? リューさん! どうしたんですかそんなボロボロの姿で! ここ最近姿をお見かけしないので心配したんですよ!?」
「ハイ、ダイジョウブ。ケガナイ。マモノ、オソワレタ、デモニゲキッタ」
ギルドの受付嬢との会話に耳を傾けると片言で話す男の声が聞こえた。どうやらこの国出身ではないようだ。この国で使用されている言葉は一つしかない。
「コレ、コンカイノ」
そう言って背嚢から薬草を取り出し、テーブルの上に並べていく。
「わぁ! すごいじゃないですか! ルクルにクラリカの根それにマーセージ、どれもこの辺じゃ少ない希少な薬草ですね。それもいつもながら素晴らしい品質です。全部換金でよろしいでしょうか?」
「ハイ、オネガイシマス」
なかなか高価な薬草を採取してきたようだ。しかし残念ながらシェラウンの花を持ってはいなかった。
「…行こうか」
レイラルカーラはウェリアに声をかけ家に帰ることにし、ギルドを後にした。
□
重い足でレイラルカーラは憂鬱な心で我が家へとウェリアと共に向かった。愛しい妹がいる我が家へと。
正直どんな顔をして会えばいいのかわからない。妹のことは何を置いても必ず自分が守ると決めていたのに打つ手がなくなってしまった今、彼女の心は絶望に彩られていた。
「気を落とさないでレイラ、まだ日が落ちるまで時間はあるわ。もしかしたら誰かがクエストを達成してくれるかもしれないでしょ?」
「ああ、そうだな。まだ…可能性はある」
ウェリアはレイラルカーラの肩に手を置いて励ましの言葉を告げた。レイラルカーラはもう心のどこかでは諦めつつもそれでも前向きな言葉を発した。もし、実際の思いを言葉に出してしまったら歩けなくなりそうだからだ。
「ほら、そんな顔しないで? 妹ちゃんが心配しちゃうでしょ?」
「ふぅ……、そうだな」
我が家の前に着いたレイラルカーラは深呼吸を一度して心を落ち着け、家の扉を開けた。笑顔を意識して作り、家に入る。すると明るい声が彼女を出迎えた。
「お帰りなさい!」
カイゼル病にかかった体は既に小さな妹の体を蝕んでおり、本当は大きな声を出すのも辛いであろう。だというのにレイラルカーラを心配させないようにめいいっぱいの元気な声で出迎えてくれた彼女の優しさに涙が溢れるのを必死に耐えて返事をする。
「ただいま、オルガ。具合はどう? 体……痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
「オルガ、聞いて。大事な話があるの」
レイラルカーラは助けてあげることができないかもしれないということを妹に伝えようとした。声が震える。涙が知らずに彼女の頬を伝う。せめて最後の瞬間までそばにいようと心に決めて、口を開こうとした。
しかし、彼女の妹であるオルガがそれを遮った。
「お姉ちゃん! 見てこれ!」
レイラルカーラはオルガの手に握られた一輪の花を見て息を呑む。その花の花弁は神秘的な薄紅色をしていたのだ。
「え? シェラウンの花?」
そう、オルガの手に握られた花はオルガを救うための最後のピース、シェラウンの花だった。




