プロローグ1
“バン!!”
大きな音を立て木製の扉が開かれた。その音に、室内にいたものたちの視線が吸い寄せられる。それは不快な音を立てたのは何奴だと睨みつけるような視線を送るものや、何か面白いことを運んで来たのかと好奇な視線を送るものなど様々である。
彼らはまだ日の明るい時間帯だというのに、多くのものが酒の入ったグラスを片手に談笑していた。ただし、ラフな格好をしているのかというとそうではなく、革製の防具や金属製重装備を着込み、そして武器を持っていた。
扉を開けられた建物はこの街の冒険者ギルドである。つまり、座って酒を飲んでいるものたちは冒険者ということだ。ここ冒険者ギルドでは採取や街の雑用といった仕事から護衛や討伐といった荒事の仕事まで幅広く仕事をクエストという形で取り扱っている。
冒険者はそのクエストから自分にあるものを請け負いクエストをこなすため、実際個々人では得手不得手があるものの、世間の見立てでは何でも屋という立場に近いものと認識されている。
さて、件の大きな音を立てた人物はというと女であった。それもとてつもない美人、男であれば是非ともお近づきになりたいと思うであろうほどのだ。ストレートのサラサラな金髪のロングヘアにサファイアのように青く美しい瞳、すらっとした長身のモデル体型でありながら出るところはしっかり出ており、女が歩くたび揺れる双丘は男どもの視線を惹きつける魔性性を持っていた。
そして彼女にはもう一つ大きな特徴がある。それは彼女の耳だ。彼女の耳は人間の耳寄り長くそして先端が尖っていた。それは彼女が人里には少ないエルフの血族であるということを証明している。エルフとは男女ともに整った顔立ちのものが多く、また長寿であり魔法に優れた種族のことである。個々人の持つ能力としては人間より遥かに高いが生殖能力が低く、種族の数としては人間より圧倒的に少ない。ただでさえ見目麗しいというのにその美貌が衰えないことから良からぬものたちに目がつけられやすいため、今は停戦協定を結んでいるが昔から人間とエルフは大なり小なり諍いが絶えないのだ。
彼女もそのエルフの一人である。しかもエルフとしても破格の美貌であることは、間違いない。ただ、彼女は怪我をしているらしく所々包帯を巻き、松葉杖で歩いている姿はどこか儚さを感じさせ庇護欲を唆る姿をしていた。
ところがその姿を見た冒険者の男たちは目を奪われつつも決して安易に近寄ろうとはしなかった。
「剣鬼か」
座っていた冒険者の一人が彼女を見てボソリと呟く。彼女は冒険者でも名の知れた人物の一人だったのだ。彼女の名はレイラルカーラ・メラ。そして彼女は1級の冒険者であり1つ星の保持者だ。
冒険者の階級は10級から始まり1級まである。10級は駆け出し、3級まで行けば中級、1級は上級と言えるだろう。しかし、1級の上にはさらなる高みがある。それが星持ちだ。星持ちとは個人で偉業を成し遂げるだけの力を持っていることの証明であり、1級の中でも格が違うと言えるだろう。星持ちはこのギルドには3人しかいない。たとえ怪我をして多少弱っていたとしてもこの場にいる冒険者たちが束になっても敵う相手ではない。
そんな彼女は周りの視線を一切気にせず、冒険者ギルドのカウンターへと向かっていった。ただし、彼女が普段行く冒険者用のカウンターではなく、冒険者ギルドへ仕事を依頼するためのカウンターへ。
「いらっしゃいませ、レイラルカーラ様。本日は……クエストの依頼でよろしかったでしょうか?」
ギルドの受付の女性が、恐る恐るレイラルカーラに声をかけた。
「ああ」
その問いにレイラルカーラは頷いた。それにギルド内は騒ついた。あの剣鬼とすら称されるレイラルカーラが依頼をするとは何事かと。酒を飲み談笑していた多くのものたちが手を止め、視線をレイラルカーラに集めた。
レイラルカーラは背嚢から大きな皮袋を取り出し受付のテーブルにガシャっと置き、そしてこう言った。
「報酬は大金貨100枚」
その言葉に『おー!!』とその場にいたものたちが声を上げた。なぜなら大金貨といえば一枚あれば、人間一人が一年は働かずとも問題なく暮らせるだけの価値があるのだ。それが100枚とくれば一生遊んで暮らせる額と言える。
「そしてこの私だ」
「え?」
大金貨100枚もの報酬のクエストなんて、それこそ竜や幻獣の討伐クエストくらいでそのクラスの依頼となると通常の窓口では依頼されないため、対応している受付嬢は報酬の額を聞いただけで固まってしまっていた。
そこにさらにレイラルカーラから発せられた衝撃の報酬が意味するところを理解することは、対応している受付嬢だけでなくその場にいた全員がすぐには理解することができなかった。
「……報酬が大金貨100枚に…お前が付くというのか?」
周りにいた冒険者のうち一人が思わずといった形でレイラルカーラと受付嬢の会話に割り込み質問した。それにレイラルカーラは頷きこういった。
「報酬は大金貨100枚。それと私だ。生涯クエスト達成者に尽くそう。望むならばそのものの奴隷となっても構わない」
その言葉の意味を理解した冒険者たちは思わず席から立ち上がり、興奮し息を荒くした。エルフの奴隷など停戦協定が結ばれていることから通常、市場には出回ることはない。エルフは森と共に生きる種族なので身売りなどしないのだ。
だから出たとしても裏の取引で闇オークションに掛けられ、最低でも大金貨200枚、そんなのは金持ちの貴族どもか成金の商人くらいしか手に入れることはできない。ましてやレイラルカーラは1級の冒険者だ。その価値は計り知れない。
「お、俺がやる!」
「いや! 俺だ! 俺に任せろ!」
荒くれ者の冒険者たちが息を荒くして詰め寄った。誰も彼も欲に目が眩んだ亡者のようだ。
「ま、待ってください! 皆さんおちついてください!」
そこで我に返った受付嬢がレイラルカーラに聞いた。
「クエストの内容を教えてください」
その受付嬢の質問にレイラルカーラは答えた。
「私の依頼は…」
依頼の内容を早く知りたい冒険者たちはグビリと生唾を飲み込んだ。
「私の依頼はシェラウンの花の採取だ」




