年越しの準備
"タタタタッ" カインは何処に向かっているのか分からないが、薄暗い所を走っていた。『何故走っているか?』と考えている自分と『早く逃げるんだ』と考えている自分。とにかく良く分からないが走り続けていた。
"ガッ"と突然、横から衝撃に襲われて派手に頭からスライディングするように転んだ。起き上がろうと上体を起こすと、今度は背後から強い力で押さえられた。
何事かと背後を振り向くと、猫科の猛獣らしき動物の牙が迫り、頭から噛みつかれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
カインは、大声を上げながら目覚めた。『なんだ、夢か』と思いながら体を起こそうとしたが起き上がらなかった。『何かに押さえつけられている? えっ、まだ夢を』と考えながら頭だけを動かして自分の身体を確認すると、アリスが半身を覆いかぶせてカインの上で寝ていた。
『ビックリさせないで欲しい。でもなんでここに?』
「アリス姉さま、起きてください。アリス姉さま」
しばらくすると、もぞもぞしながらアリスが顔を上げてカインを見た。最初は寝ぼけまなこだったが、パッチリ目を開けてカインを凝視して
「あー、カインが。カインが目を覚ました!、リディア母様、カインが目を覚ましました!」
アリスは、そのまますごい勢いでカインの部屋から飛び出していった。カインもアリスを追いかけようと身体を起こそうとすると、今度は数日前にも感じた激痛が襲ってきた。
『ま、また”魔力痛”? いたたた』
それでも、頑張って身体を起こす。気持ち前回より”マシ”なような気がするのは気のせいか?などと考えているとアリスがリディアを連れて部屋に戻って来た。
「カイン!! あなたは、なぜ無理ばかりするの!」
リディアは、叫びながらカインを抱きしめる。心なしか声が震えていた気もした。
「ごめんなさい、リディア母さま。ごめんなさい」
カインは、素直に謝罪した。
「まったく、いつもいつも私とリディア母様に心配ばかり掛けて。罰として私とリディア母様の言う事を1つ聞きなさい!」
あー、これは素直に聞かないとダメかもと思い「はい」と一言だけ答えた。
2人は、にっこりと微笑みそれぞれの要望をカインに伝え「「今日は大人しく寝てなさい」」とハモリながら言い放ち部屋を出ていった。
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カインは、言いつけ通り大人しく寝たり起きたりを繰り返していた。扉をノックする音で再度起きると、ベンジャミンが部屋に入ってきた。
「カイン、大丈夫かい? ちょっと昨日は無理させすぎちゃったね、気配りが足らずごめんよ」
ベンジャミンがやさしく謝ってきた。
「大丈夫です、【魔力量無限】でも一度に使える量は有限なのかもしれないですね。それよりもベン兄さまも、大変だったのではないですか?」
「良く分かるね、もしかしてカインもリディア母様とアリスに約束させられた?」
「えっっ、ベン兄さまもですか? てっきりリディア母さまに絞られたのかと」
「もちろん、こってり絞られたよ。それに父様もアーサー兄様もクリスもね、そして一人ずつ約束させられたよ、ハハハハハ」
ベンジャミンは、斜め上を見ながら乾いた笑いを漏らす。
「お互い大変ですね。ベン兄さま。何か僕に話があったのではないですか?」
「そうそう、2つあってね。1つは、年越しの時に何の肉が食べたいかなと思って。明日、父様と大深森林へ狩りに行くことになったからカインが食べたい魔物を獲ってこようと思ってね」
「ありがとうございます、ホロホロ鳥がいいです」
「了解。沢山獲って来るよ。楽しみにしていて。あとは、”浴場”なんだけどいつ頃に作るのかなと思ってね」
「えっとぉ。リディア母さまのご要望で、明日作る事を”お約束”しました。なので明日は、【魔法陣魔法】ではなく自分でお湯を作ろうかと」
「よかったよ、明日だと手伝えないと思ってね。分かっていると思うけど無理は禁物ね。今度やったら...いや、口に出すのはやめておこう。カインの賢さを信じる事にするよ」
ベンジャミンも今日は、ゆっくりするようにと言い残し部屋を出て行った。
『これは、みんなかなり大変な”約束”をさせられてしまったようだ、ごめんなさい』
カインは、痛みをこらえながらアリスとの”約束”について考えていた。アリスの”約束”は、甘いお菓子を2つ作る事だった。
『何を作ったら、アリスは喜んでくれるかな?』




