<後日>あなたがいる場所
「春乃さん、今度はあれにしましょう」
はりきって先を行く加我谷に手を引かれ付いていくと、途中で立ち止まった彼が指差し教えたのは、何とも可愛らしいコーヒーカップだった。
「何色が好きですか?」
「……えーと…………そうですね。黄色でしょうか」
目の前に広がるカラフルなカップ達に目移りしながら黄色を指差すと、さっそく加我谷に先導され2人で一緒に乗り込む。
しばらく待っていると、2人を乗せた黄色のコーヒーカップは円を描き、ゆっくりと回り始めた。
「少し回しましょうか」
「そうしましょう」
つい調子に乗った2人の意見が一致すると、2人一緒に中央の丸いテーブルをグルグルと勢いよく回し始めた。
2人を乗せた黄色のコーヒーカップが勢いよく回り始めると、2人は振り回されながらも大きな声で笑い始めた。
穏やかな風が気持ち良い快晴の今日、2人が遊びに訪れたのは市内の小さな遊園地だった。
とうに行き尽くしてしまった地元の観光スポットの中で、今日再びここに行きたいと言い出したのは、春乃ではなく加我谷だった。
もうすでに3回も訪れた場所だと言うのに、彼は飽きる所かどうやらすっかり気に入ってしまったらしい。
着いて早々はりきって園内を動き回り次々と春乃を乗り物に連れて行く彼は、とても楽しそうだ。
今日も春乃は、そんな楽しそうな彼と一緒の時間を思い切り楽しむこととなった。
「今度はここにしましょう」
「ここですか…………」
加我谷に指差し教えられた春乃は、目の前に佇む黒い屋敷を見つめた。
さっそく中へ入ろうと加我谷が繋いだ手を引っ張ると、なぜか春乃の反応が鈍い。
1度振り返った加我谷は不思議そうに春乃の顔をのぞき込んだ。
「どうかしましたか?」
「いいえ、じゃあさっそく行きましょう」
ようやくはりきり始めた春乃が笑顔で先を促すと、加我谷も笑って頷く。
ようやく2人並んで黒い屋敷にそっと足を踏み入れた。
「今日もなかなか良かったですね」
黒い屋敷を思う存分堪能した2人がようやく外へ抜け出すと、春乃は十分満足できたと隣の加我谷に感想を伝えた。
春乃と同じく十分楽しんでいた加我谷は笑顔の春乃を見つめ、なぜか突然表情が沈み始めた。
「どうかしました?」
「……すみません、俺本当は知ってたんです」
突然落ち込んでしまった加我谷を心配すると、彼は反省するように俯き謝った。
「……本当は、最初からちゃんと気付いてたんです、春乃さんがここが苦手だってこと。すみません…………つい調子に乗りました」
「……………………」
「……その…………めずらしく春乃さんが甘えてくれるので………………」
加我谷は微かに赤くなりながら、バツが悪そうに小さく呟いた。
彼の言葉に驚いた春乃はポカンと彼を見つめてしまった。
甘えたと言われても、春乃は彼に甘えた記憶など一瞬さえ思い浮かばない。
どうにか思い当たるとすれば、意外にも精巧な造りでスリル満点のオバケ達のおかげで、多少繋ぐ彼の手に力を込めてしまったことくらいかもしれない。
どうやら彼にとってその程度でも十分嬉しかったらしい。
「……加我谷さん、私ソフトクリームが食べたいです」
「…………え?」
「1つじゃ多いので、2人で半分こしましょう」
今だ落ち込む彼に1つのソフトクリームを2人で食べたいと素直に甘えると、繋いだ彼の手にギュッと力を込めた。
春乃が笑顔を浮かべ見上げると、ようやく彼も同じように笑ってくれた。
2人はソフトクリームを探しにゆっくりと歩き始めた。
「いつもこれだと飽きませんか?」
「いいえ、これが食べたいんです」
今日も春乃が手渡すと、加我谷は今日も嬉しそうに笑って受け取った。
午前中はりきって遊園地内を散々歩き回った2人は、ようやく一休みするため場所を移動した。
隣にある芝生の広場までやってくると木陰にシートを広げ、のんびりと昼食の時間が始まった。
「今日のおにぎりは普通ですか?」
「はい、今日も普通です」
春乃がいつもおにぎりを作る度さりげなく期待を込め尋ねてくる彼に、つい意地悪してしまう春乃は今日もおかしくなり笑ってしまった。
彼が美味しそうにおにぎりを食べ始めたので、春乃も食欲が湧き美味しくおにぎりを頬張った。
「今日は風が気持ちいいですね……」
「はい……本当に」
「また来月も来ましょう」
「……来月もですか?」
「はい、またここでおにぎりを食べましょう」
先月も先々月もこの場所でおにぎりを食べたというのに、彼は本当にまったく飽きないらしい。
「ここが好きですか?」
「はい、大好きです。春乃さんがいる場所です」
とても愛おしそうに見つめられてしまった春乃は、仕方なく自分の手にあるおにぎりを見つめた。
加我谷は持て余すようにおにぎりを見つめる春乃を、不思議そうにのぞき込んだ。
「もうお腹いっぱいですか?」
「……加我谷さんがそんなこと言うからです。それに、さっきソフトクリームを食べてしまったので」
「じゃあ俺が責任もって食べます」
彼のせいで突然お腹が膨れてしまい食べられなくなったおにぎりを、加我谷が取り上げた。
「本当に大丈夫ですか?」
「おにぎりだったらいくらでも平気です」
すでに何個も食べ終えた彼のお腹を心配すると、自信満々に答えた彼は嬉しそうにおにぎりを食べ始めた。
口に入れた瞬間驚いた彼に、春乃はにっこりと笑った。
「あ、ハズレ」




