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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
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大人で子供の俺たち11

 車に戻って、智則はもう来ないって事だけを伝えて家に戻った。着いた途端にさぁ話せって言われて俺は苦笑する。


「唯さん怖かったでしょう?顔色悪いって。ちゃんと話すから、身体を温めましょう」


 寒さと恐怖からか、うちの玄関に入ると唯さんがカタカタ震え出した。階段から突き落とされそうになったし、俺も唯さんからすると怖い行動取ったし…ごめんって呟いて抱き締める。


「こわ、怖いに決まってるでしょう!もう色々、びっくり!途中からなんだかよく、わからなかったですっ」

「ココア淹れます。落ち着いたらちゃんと話しますから。風呂に入りましょう」


 風呂場には陣さんが向かったから、俺は唯さんを促して台所に向かう。よっぽど怖かったのか、唯さんが俺の背中に張り付いてる。

 何これ、すげぇ可愛い。


「ほら唯さん、ココア。それともキスが欲しい?」

「…欲しいです」

「珍しいですね。好きなだけします」


 そっと抱き寄せて、髪を梳きながら顔のあちこちを唇で啄ばむ。唯さんの身体の力が抜けて来て、唇に触れるだけのキス。唯さんが自分から唇を緩めて差し出した舌を、俺は撫でるようにして絡めた。


「唯さん?」


 唯さんが縋り付くみたいに抱き付いて来たから顔を覗き込む。首を傾げた俺をとろりと見つめて、唯さんはもっとだってキスを強請った。ヤバイって。止まらなくなりそう。


「春樹さん…」


 優しい口付けの合間に名前を呼ばれた。


「なに?どうした?」

「もっと、もっとして?不安、溶かして下さい」

「いいよ。いいけど…これも後で。お風呂入っておいで?」

「…後でばっかり」


 尖った唇にキスをして、俺は彼女を風呂に促した。

 陣さんの分のココアを持って、俺は陣さんの部屋に行く。


「気、使わせてばっかで悪いな」

「いいって。唯ちゃんは?」

「風呂。これ聞く?」

「おー、聞く聞く」


 陣さんにココアの入ったマグカップを渡してから、スマホのイヤホンジャックにイヤホンを差した。片方ずつ耳に嵌めて録音を聞く。スマホのマイクって性能良いんだな。小声だったのに思ってたより音を拾ってた。


「お前、悪どい事したなぁ」


 小声だった所為で聞き取りづらい部分は俺が補足しながら全部聞いて、陣さんは苦笑する。


「俺は想像しろとしか言ってない。勘違いしてビビるように誘導しただけ」

「こっちの人間だと思われたんじゃねぇか?」


 陣さんは言いながら右手の人差し指で頬を斜めに撫でた。そういう風に思われるようにしたから、当然そうだな。


「だってさ、警察に委ねたってこういう奴は反省するかなんてわかんねぇじゃん。社会的地位を失ったからって報復しに来るのも怖ぇし。だから自衛だよ」

「信じてたのか?」

「多分。夢見がちで想像力豊かっぽいから、いろんな可能性を考えてくれるんじゃねぇかな」

「ったく。あんまり危ない橋渡んなよ」

「ごめん。でも話し聞いてた感じでいけるなって思った。アパートの住人が聞き耳立てても聞こえないような声で話しておいたし」


 階段側の部屋、電気付いてなかったから不在の可能性もある。智則の声が近所迷惑だったから、唯さんがそのまま住むのは謝罪に回らないと気不味いかもしれないけどな。


「まだ様子見で、唯ちゃんは帰らない方が良いだろうな。智則がお前の脅しを信じたのかどうかも確かじゃねぇからな」

「だな。…心配掛けた?」

「んー?お前には枷が出来たからなぁ」

「俺の枷は、陣さん?」

「唯ちゃんも。枷は重荷にもなるが、逆にも作用する」


 くしゃりと頭を撫でられた。

 確かに、カッとしそうになると陣さんの顔が浮かぶから、迷惑掛けたくないって思うと大丈夫になる。それに今は失いたくない居場所があるから変な気は起きない。


「…陣さん、ありがとな」


 いつも優しく笑う陣さん。この人の前だと俺は気持ちが軽くなって、まるで小さな子供になる。



 順番に風呂も終わって、寝る支度を整えてから俺を待ち構えてた唯さんを見て苦笑する。陣さんはもう自分の部屋に引っ込んだ。

 何処で話すかなって考えて、俺の部屋にしてみる。

 無防備に俺のベッドに寝間着姿で座って俺の話を待ってる唯さん。破壊力抜群だ。最高だ。


「智則は俺の説得で反省して、もう来ないと誓いました」


 纏めると簡単な話だな。でも唯さんはその経緯が知りたいんだって言って剥れてる。


「ちょっと脅しただけです。こっちは証拠あるし、ここですっぱりやめればこっちも何もしないって言ったら、天秤の比重が重い方を智則は取っただけですよ」

「怯え方が尋常じゃなかったような…」

「ビビリだったんですね?」


 にっこり笑ってみた。

 唯さんは俺の顔をじっと見てる。


「美織ちゃんの名前が、聞こえました」


 智則の娘の名前。唯さんから聞いてたから脅しに使った。やっぱり聞こえたよな。そこは強調する為に、声を少し大きくしたし。


「隠すのは身の為になりません。全て吐きなさい」

「…悪どい事しました。ごめんなさい」


 のらりくらりしてても納得してくれそうにない雰囲気を感じたから、俺は観念する事にした。これで嫌われても仕方ない。せめて唯さんの身の安全が保証されるまで守らせてもらえればいいかと覚悟を決めて、俺はスマホを出して録音を聞かせた。聞き取りづらい部分の補足はしない。大体の雰囲気がわかれば良いと思ったから。

 聞いていく内に、唯さんの眉間の皺が深くなっていく。

 なんだか、判決を待つ罪人の気分になって来た。


「警察の手に委ねるのではダメだったんですか?」


 聞き終わった唯さんの第一声。俺は真っ直ぐ彼女を見て、頷く。


「あいつ頭おかしいけど、家族への愛はあったみたいだから。奥さんも別れてないならあいつを信じようとしてるんじゃないかなって。それならここで事を荒立てるより、脅してでもそっちに戻らせておいた方が丸くおさまるかなと思いました」


 智則が唯さん以外のターゲットを見つけた場合は知らない。そこまで責任は持てない。


「なんて…偽善的発言をしてみましたけど俺、唯さんに害が無ければなんでも良いんです」


 笑わずに真顔で本心を言ったら、唯さんはそっと息を吐いた。床で胡座をかいてた俺の首に、ベッドから降りた唯さんの腕が回される。


「挑発とか、脅しとか…あんまり無茶をしないで下さい。私、春樹さんまで失ったらまた立てなくなりそうです」

「…ごめんなさい」

「許しません」


 ピシャリと言われて俺は困った。どうしたら良いんだろって身体を離して顔を窺うと、唯さんは微笑んでる。


「"後で"を下さい。待ちました」

「…はい。嫌って言うまで、します」


 膝の上に唯さん乗せて、唇を重ねる。

 深く、深く、何処までも甘く。甘ったるいキスで二人、溶け合うみたいな時間。


「何もしません。だから、一緒に寝ても良い?」

「はい…」


 二人して赤い顔。身体も熱を持ってる。けど、まだなんか…キスだけで一杯一杯。焦って傷付けたくない。ガツガツしないで、ゆっくりじっくり、距離を詰めたい。だって…俺は唯さんが大切で、愛しくて、この腕に抱いて守っていたい。唯さんはそんな存在なんだ。


「こうして抱き締めるだけで俺…すっげぇ幸せです」


 どきどき、胸が苦しい。でも同時に幸福に包まれて、眠たくなる不思議な感覚。


「…私も」


 微笑み合って身を寄せ合って、俺と唯さんは幸福な眠りに包まれた。

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