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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
37/63

大人で子供の俺たち4

 車の運転席側にしゃがみ込んで、ライターいじって遊んでた。

 煙草吸いたくてイライラする。飴もらおうにも、今唯さんに近付いたら怖がられる。笑顔を作れる気がしない。


「春樹さん?」


 唯さんの声にぴくりと身体が揺れたけど、顔を上げるのはやめておく。

 今の俺の顔、ダメだ。見られたくない。


「何かありました?歩さん、泣いていました」

「…正論突き付けられて、イラついて俺がキレただけです」

「そうですか。飴、舐めます?」

「欲しいです」

「では今度はイチゴです」

「ども」


 差し出された飴を顔を上げないまま受け取って口に入れる。少し舐めて、ガリガリ噛んだ。そしたら唯さんの手が、俺の頭を撫でる。この人の側は、優しい気持ちになれるんだ。イライラが溶かされる。だから笑ってる。嘘でも詐欺でもない。それだけなんだ。


「歩、泣いてたんですか?」

「…はい。傷付いた顔をして、奥に行ってしまいました。義雄さんが放っておけと仰るので、歩さんの事はよく知りませんし、春樹さんを探しに来ました」


 優しい手。もっと、俺のこの黒い感情を溶かして欲しくて、目の前で屈んでる彼女に甘えるみたいに抱き付く。唯さんは何も言わないで抱き返してくれた。髪をそっと撫でてくれる。


「唯さん…」

「どうしました?」

「キスしても良い?」

「ダメです」

「なんで?」

「外です。昼間です。だから嫌です」

「じゃあ、我慢します」


 飴の棒を手に持つ。身体離して立ち上がる振りして、唇を奪った。軽く触れるだけ。子供のキスだ。

 顔を離して窺った唯さんは、真っ赤でぷるぷる震えて怒ってる。


「もう!油断も隙もありません!」

「すみません。でも元気になりました」

「ずるいです。そんな風に笑うの、ずるい」


 どんな顔だろ。でも多分、心底ほっとして、ゆるゆるの顔だと思う。

 立ち上がってから唯さんの腕を引いて、彼女も立たせてから抱き締める。


「唯さんは、やっぱり大人なんですね」

「そうですか?そんな事はないと思いますけど」

「なら、俺がガキすぎるのかな」

「そんな事も、ないと思います」


 あやすように背中を撫でられた。

 唯さんは何も言わないで、聞かないで、俺を見上げてただ微笑む。


「戻りましょうか」

「はい。そろそろ終わるはずですし、運ばないと」

「私もお手伝いします」

「持てます?」

「持てますよ」


 結局唯さんは一袋でさえよたよた危なっかしくて、あんまり戦力にはならなかった。


 *


 家に戻って昼飯食ったら、三人で物置部屋の掃除をした。掃除はこまめにしてて埃は溜まってないから、物を動かして人が住める状態にしただけ。ベッドはないから寝るのは布団だ。


「申し訳ないですがしばらく、お世話になります」


 唯さんは陣さんと俺に向かって正座で頭を下げた。

 飯作りは俺の修行でもあるから、居候の間掃除と洗濯を唯さんがやってくれる事になった。家賃を払うっていう申し出は、陣さんはやっぱり拒否をする。この人こんなに優しくて、損とかしないのかな。


「誰にでもはやらねぇよ。俺も人を見てる」

「本当か?」

「本当だよ。嫌いな奴には俺、とことん冷たいぜ?」


 まぁ確かに実家には、一歩も近付いてない。陣さんは俺の両親も親戚連中も大嫌いだ。

 俺と会ったあの時は、陣さんの母親からしつこく連絡が来て、渋々様子を見に来ただけだったんだって。でもそこで初めて会った甥を引き取るなんて、やっぱり人が良いと思うんだ。

 掃除の後は散歩がてら唯さんの家に三人で向かって、証拠の回収と当分必要な荷物を取りに行く。


「昨日は土曜、今日は日曜。家族サービスはどうしてるんですかね?」


 智則からの手紙は今日も届いていた。

 ケーキはおいしかったか。君の為に予約したんだよ。だって。

 顰めっ面の唯さんが取り出した他の手紙数通。内容はメールと大差無い。文才が無いのか、唯さんがまだ自分を好きだと勘違いしてるのかどっちだろうな。


「イテェな、こいつ」


 手紙を読んで思わず本音が漏れた。俺の言葉に唯さんも頷く。


「確かに私、チョロかったと思いますけど…流石にもうこんなのに騙されません!失礼しちゃいます!」


 唯さんは怒ってる。でもちょっと、それに関しては俺、唯さんの味方が出来そうにない。


「何か言いたげですね」

「…そんなに俺、顔に出てます?」

「困った顔してます。なんですか?言って下さい」


 唯さんは結構人の顔を見てるんだな。で、鋭い。変に誤魔化すよりも言ってしまおうと思って、俺は彼女の頬を撫でてにっこり微笑む。


「現在進行形で、俺っていう悪い男に騙されてるじゃないですか」


 腰を抱いて身体を密着させてみる。でも珍しく唯さんは赤面しないで、真っ直ぐに俺を見た。


「あなたはちゃんと、秘密がある事を私に告げました。そして結局、黙っている事に耐えられなかった。あんなに震えていたあなたを"悪い男"だとは私、思いません」


 この人は、綺麗だ。すごく綺麗。

 でもやっぱり、そんなんだと騙されちゃうよ、唯さん。


「俺、柄も口も悪いです。あなたの前で見せてる笑顔も口調も、嘘ですよ」

「そうですか」

「…なんで、笑ってるんですか」


 彼女はほわりと笑って俺を見てる。


「上手く言えませんが…あなたは人を騙せるような人間ではないと思います。私はそれを信じます」

「…それ、智則にも言ったんですか?」


 やば。思わず口をついて出た。

 腕の中の彼女を放して俺が焦ってたら、唯さんはきょとんとした後で何かを考えてる。


「彼には、言いませんでしたね。信じていたというよりは信じたかったという感じで、疑ってもいましたから。でも証拠が無ければ信じるしかなかったです」

「矛盾、してます」

「時として、男女の仲とはそういうものです」

「大人発言ですか」

「まぁ、年上ですし」


 微笑んだ唯さんに頭を撫でられた。玄関の所で俺らを見守ってた陣さんも、そういうものだって言って笑ってる。なんだか俺だけがガキみたいだ。悔しいけど実際俺はまだ大人になりきれてない。成人だけしてる子供だ。


「嫌味な事言って、ごめんなさい」

「いいえ。あなたが不安になるのも当然です。私の方こそごめんなさい。…切り替えの早い女だと、呆れていますか?」


 切り替え?何の事かがわからない。わからないから答えられないでいたら、唯さんは目を伏せて教えてくれる。


「半年も経たず、違う人を好きになってしまいました」

「それは切り替え、早いんですか?だってその間に色々あったでしょう。病気の母親支えて、失って…それだけ濃い半年って普通と違う時の流れじゃないんですか?」

「…やっぱり私、あなたが好き」


 声を震わせた唯さんに、抱き付かれた。

 いつの間にか陣さんはいなくなってて、どうやら気を使わせたらしい。申し訳ないけど、ありがたい。父親の前で恋人とイチャイチャするのは恥ずかしい。

 二人きりの部屋の中、俺は唯さんの身体を抱き返す。

 童顔で動作が幼い。子供っぽい事も好き。だけど大人の部分もある唯さん。


「俺も、あなたが好きなんです。どうしようもないぐらいに」


 俺の言葉で顔を上げて、泣きそうなのに柔らかく笑った彼女が愛しくて、好きで、大好きで…俺までなんだか、泣きそうになった。

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