大人で子供の俺たち4
車の運転席側にしゃがみ込んで、ライターいじって遊んでた。
煙草吸いたくてイライラする。飴もらおうにも、今唯さんに近付いたら怖がられる。笑顔を作れる気がしない。
「春樹さん?」
唯さんの声にぴくりと身体が揺れたけど、顔を上げるのはやめておく。
今の俺の顔、ダメだ。見られたくない。
「何かありました?歩さん、泣いていました」
「…正論突き付けられて、イラついて俺がキレただけです」
「そうですか。飴、舐めます?」
「欲しいです」
「では今度はイチゴです」
「ども」
差し出された飴を顔を上げないまま受け取って口に入れる。少し舐めて、ガリガリ噛んだ。そしたら唯さんの手が、俺の頭を撫でる。この人の側は、優しい気持ちになれるんだ。イライラが溶かされる。だから笑ってる。嘘でも詐欺でもない。それだけなんだ。
「歩、泣いてたんですか?」
「…はい。傷付いた顔をして、奥に行ってしまいました。義雄さんが放っておけと仰るので、歩さんの事はよく知りませんし、春樹さんを探しに来ました」
優しい手。もっと、俺のこの黒い感情を溶かして欲しくて、目の前で屈んでる彼女に甘えるみたいに抱き付く。唯さんは何も言わないで抱き返してくれた。髪をそっと撫でてくれる。
「唯さん…」
「どうしました?」
「キスしても良い?」
「ダメです」
「なんで?」
「外です。昼間です。だから嫌です」
「じゃあ、我慢します」
飴の棒を手に持つ。身体離して立ち上がる振りして、唇を奪った。軽く触れるだけ。子供のキスだ。
顔を離して窺った唯さんは、真っ赤でぷるぷる震えて怒ってる。
「もう!油断も隙もありません!」
「すみません。でも元気になりました」
「ずるいです。そんな風に笑うの、ずるい」
どんな顔だろ。でも多分、心底ほっとして、ゆるゆるの顔だと思う。
立ち上がってから唯さんの腕を引いて、彼女も立たせてから抱き締める。
「唯さんは、やっぱり大人なんですね」
「そうですか?そんな事はないと思いますけど」
「なら、俺がガキすぎるのかな」
「そんな事も、ないと思います」
あやすように背中を撫でられた。
唯さんは何も言わないで、聞かないで、俺を見上げてただ微笑む。
「戻りましょうか」
「はい。そろそろ終わるはずですし、運ばないと」
「私もお手伝いします」
「持てます?」
「持てますよ」
結局唯さんは一袋でさえよたよた危なっかしくて、あんまり戦力にはならなかった。
*
家に戻って昼飯食ったら、三人で物置部屋の掃除をした。掃除はこまめにしてて埃は溜まってないから、物を動かして人が住める状態にしただけ。ベッドはないから寝るのは布団だ。
「申し訳ないですがしばらく、お世話になります」
唯さんは陣さんと俺に向かって正座で頭を下げた。
飯作りは俺の修行でもあるから、居候の間掃除と洗濯を唯さんがやってくれる事になった。家賃を払うっていう申し出は、陣さんはやっぱり拒否をする。この人こんなに優しくて、損とかしないのかな。
「誰にでもはやらねぇよ。俺も人を見てる」
「本当か?」
「本当だよ。嫌いな奴には俺、とことん冷たいぜ?」
まぁ確かに実家には、一歩も近付いてない。陣さんは俺の両親も親戚連中も大嫌いだ。
俺と会ったあの時は、陣さんの母親からしつこく連絡が来て、渋々様子を見に来ただけだったんだって。でもそこで初めて会った甥を引き取るなんて、やっぱり人が良いと思うんだ。
掃除の後は散歩がてら唯さんの家に三人で向かって、証拠の回収と当分必要な荷物を取りに行く。
「昨日は土曜、今日は日曜。家族サービスはどうしてるんですかね?」
智則からの手紙は今日も届いていた。
ケーキはおいしかったか。君の為に予約したんだよ。だって。
顰めっ面の唯さんが取り出した他の手紙数通。内容はメールと大差無い。文才が無いのか、唯さんがまだ自分を好きだと勘違いしてるのかどっちだろうな。
「イテェな、こいつ」
手紙を読んで思わず本音が漏れた。俺の言葉に唯さんも頷く。
「確かに私、チョロかったと思いますけど…流石にもうこんなのに騙されません!失礼しちゃいます!」
唯さんは怒ってる。でもちょっと、それに関しては俺、唯さんの味方が出来そうにない。
「何か言いたげですね」
「…そんなに俺、顔に出てます?」
「困った顔してます。なんですか?言って下さい」
唯さんは結構人の顔を見てるんだな。で、鋭い。変に誤魔化すよりも言ってしまおうと思って、俺は彼女の頬を撫でてにっこり微笑む。
「現在進行形で、俺っていう悪い男に騙されてるじゃないですか」
腰を抱いて身体を密着させてみる。でも珍しく唯さんは赤面しないで、真っ直ぐに俺を見た。
「あなたはちゃんと、秘密がある事を私に告げました。そして結局、黙っている事に耐えられなかった。あんなに震えていたあなたを"悪い男"だとは私、思いません」
この人は、綺麗だ。すごく綺麗。
でもやっぱり、そんなんだと騙されちゃうよ、唯さん。
「俺、柄も口も悪いです。あなたの前で見せてる笑顔も口調も、嘘ですよ」
「そうですか」
「…なんで、笑ってるんですか」
彼女はほわりと笑って俺を見てる。
「上手く言えませんが…あなたは人を騙せるような人間ではないと思います。私はそれを信じます」
「…それ、智則にも言ったんですか?」
やば。思わず口をついて出た。
腕の中の彼女を放して俺が焦ってたら、唯さんはきょとんとした後で何かを考えてる。
「彼には、言いませんでしたね。信じていたというよりは信じたかったという感じで、疑ってもいましたから。でも証拠が無ければ信じるしかなかったです」
「矛盾、してます」
「時として、男女の仲とはそういうものです」
「大人発言ですか」
「まぁ、年上ですし」
微笑んだ唯さんに頭を撫でられた。玄関の所で俺らを見守ってた陣さんも、そういうものだって言って笑ってる。なんだか俺だけがガキみたいだ。悔しいけど実際俺はまだ大人になりきれてない。成人だけしてる子供だ。
「嫌味な事言って、ごめんなさい」
「いいえ。あなたが不安になるのも当然です。私の方こそごめんなさい。…切り替えの早い女だと、呆れていますか?」
切り替え?何の事かがわからない。わからないから答えられないでいたら、唯さんは目を伏せて教えてくれる。
「半年も経たず、違う人を好きになってしまいました」
「それは切り替え、早いんですか?だってその間に色々あったでしょう。病気の母親支えて、失って…それだけ濃い半年って普通と違う時の流れじゃないんですか?」
「…やっぱり私、あなたが好き」
声を震わせた唯さんに、抱き付かれた。
いつの間にか陣さんはいなくなってて、どうやら気を使わせたらしい。申し訳ないけど、ありがたい。父親の前で恋人とイチャイチャするのは恥ずかしい。
二人きりの部屋の中、俺は唯さんの身体を抱き返す。
童顔で動作が幼い。子供っぽい事も好き。だけど大人の部分もある唯さん。
「俺も、あなたが好きなんです。どうしようもないぐらいに」
俺の言葉で顔を上げて、泣きそうなのに柔らかく笑った彼女が愛しくて、好きで、大好きで…俺までなんだか、泣きそうになった。




