大人で子供の俺たち1
唯さんは、車に乗ってると眠くなるみたいだ。それとも今日一日頑張ってくれたからかな。
こっくりこっくり船漕いで、何度も起きていようと頑張るけど最終的に睡魔に抗えない。起きていようと頑張る姿も可愛くて、俺は話し掛けないで黙って運転する。
眠る唯さんを隣に乗せて運転するの、好きだ。
「唯さん起きて。着きました」
ハザード付けて唯さんのアパート前に車を止めて、眠る唯さんをそっと揺する。
ぼんやり開く瞼が、愛おしい。
「また、寝ちゃった…」
掠れた声で自分にがっかりしてる。
「気にしないで下さい。安心してもらえてるんだって、嬉しいです」
俺が微笑んで彼女の頬を撫でると、唯さんはほわりと笑う。
夜の闇の中、柔らかい空気。
シートベルト外して、俺は身を乗り出す。俺がしたい事を理解して、唯さんもこっちに身体傾けて目を閉じた。
俺の左腕は助手席のヘッドレスト。右手は、唯さんの膝の上にある手に触れる。唇を何度か重ねて、彼女の顔を見つめた。
「もっと、一緒にいたい」
「…私も、です」
「うち来ますか?帰りは歩いて送ります」
彼女は目を伏せて、首を横に振る。
「ゆっくり休んで下さい。明日、会いに行っても良いですか?何時に戻ります?」
「昼には」
「ならお昼、一緒に食べましょう」
「はい。明日は俺が作りますね」
最後にもう一度キスをして、彼女は車を降りる。
手を振って、アパートの階段を上る彼女を見守った。運転席から唯さんのアパートの二階の廊下はよく見える。だから彼女が家に入るまでを見守る。けど様子が、おかしい。
玄関のドアの前、鍵も開けずに彼女は佇んでる。
俺はハザード付けたままエンジン切って、唯さんの所に向かった。
「唯さん?どうしました?」
「は、はるき、さん…」
振り向いた唯さんは、何かに怯えてる。
唯さんを抱き寄せて、彼女が凝視していた玄関のドアに目を向けた。ドアノブに、花束とケーキらしき箱がぶら下がってる。
「これは?」
聞いたら唯さんが、ぎゅうって俺に縋り付く。これに怯えてるんだってわかって、俺は眉根を寄せた。
「袋の中、見ても良いですか?」
唯さんが頷いたから、左手で彼女を抱いたまま中身の確認。赤い薔薇の花束と、箱はやっぱりケーキみたいだ。メッセージカードが花束に挿さってる。
「手紙、ありますね」
「…多分内容、わかります」
「…見ても?」
こくんて彼女は頷いた。
俺はメッセージカードを取って読む。
『愛する唯へ
いい加減、返事をくれないか?
君がいないと俺はダメなんだ。
会いたい。
智則』
智則は、例の彼だ。
なるほどねって思って、俺は唯さんの髪にキスをする。
「ストーカー化してます?」
「まだ、ストーカー程ではないですけど…電話とメールを拒否したら手紙が来るようになってしまって…」
「とりあえず、うちに行きましょうか。一人は怖いでしょう?」
「ごめんなさい…」
「いえ。でも話、聞いても良いですか?」
「はい。もう一人では、どうしたら良いかわからないです」
「家の中に侵入されてる可能性は?」
「無いと、思います」
念の為警戒しつつ、泊りの用意をしてもらった。こんな時じゃなければ初唯さんの家だって舞い上がるけど、そんな場合じゃない。
戸締りを確認して、玄関にぶら下がってた袋を持って俺は彼女を車に連れて行く。なんで袋を持って行くんだって視線は、にっこり笑って流しておいた。
「おかえりー。お、唯ちゃんもおかえり!」
うちに着いたら笑顔の陣さんがお出迎え。唯さんはそれを見てほっとしたみたいだ。強張ってた表情が緩んだ。
「ただいま。なぁ陣さん。唯さん、しばらくうちに泊めて良い?」
「構わんが、どうした?」
唯さんをリビングに連れて行きながら、俺は持ってた袋を陣さんに渡した。首を傾げながら中身を確認して、メッセージカードを見つけて読んだ陣さんが目を丸くする。
「詳しい話は風呂の後。陣さん、ココア淹れてくれねぇ?」
「はいよ」
不安そうな唯さんには微笑み掛けて、おでこにキスした。
公園は寒かったし湯船に浸かった方が良いだろうと考えて、唯さんにはソファで待っててもらって俺は風呂のお湯を溜めに向かう。
風呂場から戻ると唯さんが所在無さげで不安そうで…俺は彼女を抱き締めた。
「唯さん、大丈夫だから。落ち着く為にココア飲んでお風呂入りましょう?焦って話さなくても良いです。俺も陣さんも、あなたの味方ですから」
「はい…。春樹さん、私…頭の中ぐちゃぐちゃです」
「唯ちゃん?陣さん特製あまぁいココアだ。お飲みなさい」
ほかほか湯気の立ったマグカップと、陣さんの優しい笑顔。
唯さんはこくんと頷いて、マグカップを受け取った。俺のも淹れてくれたみたいだから、唯さんを片腕に抱いてココアを啜る。
甘くてほっとする味。
ココアを飲んでから、唯さんには風呂に行ってもらった。
「そんで?何があった」
薔薇の花束とケーキの箱を取り出してる俺に、陣さんが聞いてきた。俺はとりあえず、知ってる事だけを話す。
唯さんが例の彼と別れたのは半年近く前って言ってた。
唯さんの母親が余命宣告されて、合コンで知り合ったその彼氏と結婚話が持ち上がった。そしたら相手の奥さんに突撃されて、妻子持ちの事実が発覚。唯さんも騙されてた側だし母親の事もあるしで、すっぱり別れてもう合わないって事で話は終わった。
「で、その智則がストーカー化したらしい。ストーカー被害の方はまだこれから聞く」
「へー。智則は家庭捨てる気なのかねぇ?」
「どうだろうな?でも赤い薔薇の花束って…狙い過ぎじゃねぇか?」
「ケーキも有名な所のだな。予約したのかね?」
「予約しないと買えねぇの?」
「ここのはこの時期、買えねぇな」
「マジか。…食う?」
「唯ちゃんは嫌がるだろうよ」
「だな。…今日はチョコばっかだから、渋い赤ワインが飲みてぇな」
「酔いたい気分か」
「ワインじゃ酔えねぇよ」
智則からのプレゼントが本当にただのケーキだって事を確認してから、俺は袋に全部戻した。唯さんの目に付かない場所に置いておく。
「で?お前はどうするつもりなんだ?」
「俺は唯さんの味方」
「そうか。…春樹」
真剣な声で呼ばれたから、俺は陣さんを見る。声と同じ真剣な瞳。でもすげぇ、優しい顔だ。
「俺はお前の味方だ」
「…ありがと」
喉の奥からせり上がってくる何かを、唾飲み込んで堪える。
一人でも絶対的な味方がいてくれるのって心強い。俺は出来れば、唯さんのそんな存在になりたい。だって、彼女がくれた俺への気持ちは嘘じゃないって思う。まだ出会って、付き合うようになって日は浅いけど、不倫クソ野郎に唯さんを取られる気は全くない。




