不良な俺と綺麗な彼女7
いつもの時間、店に来た彼女は上機嫌だった。いらっしゃいませって言葉と共に迎えた俺と目が合うと、頬を染め笑う。
「お金はいくらぐらい持って行くべきでしょうか」
いつもの窓際の席へ座った唯さんが、水とおしぼりを机に置いた俺を見上げている。まるで遠足のおやつの金額を聞くみたいな雰囲気。俺が右手でピースサインを作って見せたら、彼女はこてんと首を横に傾けた。
「に、千円?」
「まぁ、それでも良いです。足りない分は出します」
「万ですか? そんなに使うものなんですか?」
「運と選ぶ台次第です。最低、やめるギリギリラインの金額ですかね」
ぽかんと口を開け、俺の言葉にショックを受けている。真面目に生きて来た人なんだな。俺とは違うんだって、つくづく思う。
「行くの、やめますか?」
あまりにも狼狽えていたから確認する。だけど彼女は一大決心したみたいに唇引き結んで、首を横に振った。
「行きます」
彼女にとっては悪い事。俺にとっては日常の暇潰し。こんなにも価値観も生きて来た世界も違う俺と唯さん。胸が、嫌な痛みを訴えた。
「今日の夜、暇ですか?」
いつもの物を用意してから席へ運び、ブレンドに手を伸ばした彼女に聞いてみる。途端硬直して、一瞬後に彼女の視線が彷徨った。みるみる耳まで染まっていく。
「デートと呼べる場所ではないですけど、明日の予行練習してみませんか?」
「予行練習、ですか?」
「はい。いきなり本番は訳わからないと思うので、ゲームです」
「そんなものがあるんですか?」
「はい。行きますか?」
不思議そうに首を傾げながらも唯さんは頷いた。
予行練習。それで反応見て、最悪明日は、連れて行かない。
唯さんには閉店まで待ってもらって、店閉めた後で着替えてから一階へ戻った。彼女の話し相手は陣さんがしてくれていて、リビングから店へ続く階段を降りた俺の耳に二人の笑い声が届く。
「お待たせしました」
ドアを開けて声を掛けると、振り返った陣さんが歩み寄って来た。
「おー春樹、ちゃんとエスコートしろよ?」
「あぁ。わかってる」
はじめてのデート。緊張を必死で隠している俺の耳へと口を寄せた陣さんが、意地悪な囁きを落とす。
「今日帰って来なくても良いんだぜ? 明日休みだろ」
「ば、バカな事言ってんなッ」
楽し気に唇歪めた陣さんの言葉に動揺して、顔が熱い。聞こえてなかったらしい唯さんは不思議そうに首を傾げて俺らを見ている。
「なんでもないです。行きましょう」
「はい」
視線で問われている気がしたけど、答えられる訳ない。マジで陣さんはバカだ。変態オヤジだ。背中で怒りを伝えた俺を、陣さんの笑い声が追ってくる。腹立たしくて居た堪れない、そんなどうしようもない気持ちを店内へ捨て置く事にした俺は、唯さんを促して鈴の音と共に外へ出た。きっと陣さんは一人、店の中で笑ってる。その姿が想像出来て、でもその幻影は頭を振って振り払う。
「どこへ向かうんですか?」
歩き出してから唯さんに聞かれて気が付いた。そういえば、目的地を伝えていない。
「ゲーセンです」
「ゲームセンターですか。そこにも行った事がありません」
マジか。思わず俺はまじまじと彼女の顔を見た。俺の視線を受け止めた彼女は気まずそうに俺から視線を外して、また唇を尖らせている。
「そういう遊び、縁が無かったんです」
「友達と何して遊んでたんですか?」
「お茶したり、映画観たり、本屋へ行ったりです」
お茶……女子だ。女の人だ。
本屋なんて、俺は漫画買いにしか行った事がない。唯さんはそれ以外でも行ってそうだ。まっさら。そんな彼女に悪い事教えて穢している俺。だけどそれに変な快感も覚えてる。そんな俺は、やっぱり汚い。
「夕飯、どうします? まだ微妙な時間ですけど」
「春樹さんはお腹空いていますか?」
「俺はまだ。唯さんは?」
「私もまだです」
「なら、先にゲーセン初体験に行きましょう」
「はい!」
元気良く頷いた彼女を連れ、アスファルトの道を歩く。雪はもうだいぶ溶けて、雪掻きで端に寄せられた雪が泥だらけで残っているくらい。触れるか触れないかの距離にある唯さんの身体。手を伸ばしたくなって、我慢する為に拳作ってコートのポケットへ押し込んだ。
触れたい。でも、触れたらいけない気がする。
汚れた俺。綺麗な唯さん。近くにいるけど、俺らはとても遠い。知れば知る程彼女は俺には眩しくて、手を伸ばすのが怖くなる。あなたが好きです。なんて、今の俺には到底言えない。




