バレる5秒前
昼休みの教室。
俺・相沢悠真は、額に冷や汗をかきながら、スマホ画面を凝視していた。
《速報:ウラトモの開発者は2年C組にいるらしい》
クラスLINEに突然流れてきた、そのメッセージ。
一見ただの噂話のように見える。けれど、この“C組”というワードが出てきた時点でヤバすぎる。
「なあ、相沢」
隣の席の黒川凛が、スマホ越しに小声で囁く。
「これ、マジでお前が疑われるぞ。『授業中もパソコンいじってる陰キャが怪しい』って、他クラスのやつが言ってた」
「ふざけんな、言いがかりじゃねえか……!」
でも、冷静に考えると、めちゃくちゃ的を射ている。
事実、俺はずっと授業中にノートPCを開いていた。しかも、情報の授業中だけじゃなく、国語とか数学でも。
(いやいや、ちょっと待て……落ち着け……)
慌てて校内ネットワークの使用履歴を調べる。
開発サーバーにアクセスしたIP、ログイン時間、匿名ユーザーの行動傾向……
(……くそ、完璧に消してたはずだ。でも、ここまできたら“何かの拍子”でバレる)
心臓が早鐘のように打ち始めた。
***
放課後。
俺はいつものように校舎裏で凛と合流していた。
背後に誰もいないのを確認して、声を潜める。
「なあ……“一回サーバー落とす”ってアリか?」
「……マジで言ってる?」
「バレる前に、一時停止ってことで」
凛はいつになく真剣な顔でポテチを置いた。
「お前、それが“正解”だと思うのか?」
「……正解とかじゃなくて、今はリスクがでかすぎる」
「でも、あのアプリが誰かの救いになってるって、わかってるだろ?」
凛の言葉に、俺は黙る。
そう、“白石夏音”の投稿が、俺の中の何かを揺さぶった。
@nanonanonano:
「本当の自分でいるって、怖い。でも、匿名で少しずつ練習できるなら、私、頑張れる気がする」
あの言葉に救われたのは、たぶん俺の方だった。
(でも……守らなきゃいけないのは“自分”じゃなくて、“ウラトモ”を信じて投稿してくれる人たちだ)
「……わかった。じゃあ、投稿内容の監視強化する。アクセスログも再チェックして、特定につながる情報は全部削除」
「よし、それでこそ天才陰キャ」
凛が肩を軽く叩いてくる。
「それとな、白石夏音、お前のこと、ちょっと疑ってるかも」
「……は?」
「いや、アイツさ、今日の投稿。明らかに探ってる」
凛がスマホを見せてきた。
@nanonanonano:
「プログラムを書いてる人って、きっと誰かの心を動かすためにやってるんだよね」
@nanonanonano:
「“あなた”は、誰のことを救おうとしたの?」
@nanonanonano:
「きっと、“あなた”は近くにいるね」
ドクン。
胸の奥が跳ねた。
それは、まるで直接聞かれてるような、そんな投稿だった。
***
数日後。ウラトモ騒動は、さらに“ある事件”によって加速する。
放課後の職員室。
怒鳴り声が響いた。
「なんだこのアプリは!! 完全にプライバシーの侵害だろう!!」
怒っているのは、学年主任の南先生。
何でも、ウラトモ上で“教師の悪口”や“裏の噂”が書かれた投稿が急増したらしい。
匿名さん:
「南先生、昼にコンビニで酒買ってるの見た」
匿名さん:
「あの先生、授業中にスマホで株見てるらしい」
匿名さん:
「こっちが真剣に進路相談しても、全部大学名で決めるってどーなの?」
そして、その場に呼び出されたのが、情報科の藤堂先生だった。
「お前、情報に詳しいって言ってただろ! 開発者がどこにいるかくらい追跡しろ!」
藤堂先生は、心底面倒そうな顔で返す。
「技術的には可能ですよ。でもね、これ……むしろ作ったやつ、かなり手慣れてますよ? 痕跡がまったくない」
「手慣れてる?」
「そう。開発者は、相当な実力者です。たぶんこの学校の中でもごくわずかしか該当しない」
……まずい。
このままじゃ、“そのごくわずか”の一人に俺が含まれる。
***
そして、その日の夜。
俺のスマホに、1通の通知が届いた。
匿名さん:
「あなたが“中の人”なら、私に一つだけ教えて」
匿名さん:
「“匿名の言葉”に、どこまで責任を持てるの?」
それは、問いかけであり、挑戦でもあった。
正体がバレるかもしれない恐怖と、“誰かの言葉”にちゃんと向き合いたいという気持ちの間で、俺の中の糸がピンと張り詰めていた。
***
そして翌朝。
教室のドアが開く。
白石夏音が、教室に入るなり、まっすぐ俺の席まで歩いてきた。
「相沢くん。少し……話せる?」
(……バレた?)
背中に冷たい汗が伝う。
でも、逃げちゃダメだ。
俺は深く息を吸って、彼女の目を見た。
「……うん。いいよ」




