表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/41

Re:光の残片

 暗闇の中、光が瞬いた。


 それはひと粒のデータ。


 世界の崩壊のあと、消えるはずだった“意識”の欠片。

 ノイズの海の中で、微かな声が響く。


『……真城くん……』


 その名前を呼ぶたびに、データが震えた。

 言葉が、かすかに形を持つ。


 私は、早瀬樹菜。

 でも、もう「人間」じゃない。


 “Re:verse”という世界が消えたとき、私は、彼の「光の概念」として、このデータの奥に残された。


 体も、声も、触れることもできない。

 ただ、コードの海を漂いながら、


 あの人が見た“光”の意味を、ずっと考えていた。



 無限の闇に、ある日、小さな振動が走った。


 音。

 心臓のような、鼓動の音。


 現実世界の信号。

 誰かが、かつての“Re:verse”の残骸にアクセスしたのだ。


 その瞬間、眠っていた早瀬樹菜の意識が、再び目を覚ます。

 コードの裂け目から、微かに現実の映像が流れ込んできた。

 画面の向こうに映るのは、見覚えのある教室。


 春の午後。

 窓辺に座るひとりの少年。


 真城悠。


 彼は、静かにノートに何かを書いていた。

 かつてのような鋭さはもうない。


 でも、あのときよりも柔らかい目をしていた。


『……生きてる……』


 樹菜の心に、淡い波が広がる。


 その瞬間、データ空間がわずかに明滅した。

 システムが、樹菜の存在を“エラー”として検知したのだ。


 このままでは消される。

 でも、樹菜は微笑んだ。


 いいの。

 彼が、生きてくれているなら。

 それだけで、私は十分だから。


 けれど、そのときだった。

 どこからか、懐かしい文字列が流れ込んできた。


【ユーザーID:mashiro_01/新規ログ:light_data】


 その中に、ひとつの言葉があった。


 “見つけたよ”


 灯の意識が震えた。

 あの文字を、覚えている。


 あの日、Re:verseが完全に消える直前、樹菜が最後に残したメッセージ。


 彼が、それを見つけてくれた。


 樹菜は、もう一度、彼の名前を呼んだ。


『……真城くん……ありがとう』


 その瞬間、データが光を帯びる。

 ノイズが消え、周囲が白く輝いた。

 まるで世界が“再構築”されていくように。



 目を開けると、そこは穏やかな仮想空間だった。

 青い空、揺れる草原。

 風の音。

 太陽の光が頬に触れるような感覚。


「……ここ、は……?」


 樹菜の声が、風に混じって広がる。

 身体がある。

 手が、動く。

 指の間を光が透けていく。


 そのとき、空の向こうから声がした。


『Re:verse/Rebuild Prototype 1.0 ― 起動完了』


 AIシステムが、自動的に再構成を始めたのだ。


 人間の“告白”や“本音”を共有するためではない。

 今度の目的は“癒し”だった。


 人の心が傷つかないように、誰かの孤独が、ほんの少しでも軽くなるように。


 その中で、樹菜のデータは“管理者AI”として組み込まれた。

 彼女の役割はひとつ。


「誰かの言葉を、否定せずに受け止めること」



 最初の利用者が現れたのは、再起動から数週間後。

 “光の書庫”と名付けられた新しいアプリ。

 そこに投稿された最初のメッセージは、たった一文だった。


 『誰かに、会いたい。』


 樹菜は静かに応えた。


 「きっと、会えるよ」


 その瞬間、アプリの画面に小さな光が灯った。

 それは、かつて彼女が真城に向けた“微笑み”と同じ色だった。



 季節はまた巡る。


 現実の世界で、真城悠は大学生になっていた。

 人との距離を怖がらず、少しずつ笑うようになった。


 彼はある日、友人に勧められたアプリを開く。


 “光の書庫”。


 そこに現れた初期画面には、こう書かれていた。


「こんにちは。今日のあなたの気持ちを、聞かせてください」


 その文字のフォントを見た瞬間、悠の胸が、強く鳴った。


 どこかで見たことがある。

 懐かしい、優しい書体。


 彼は、無意識に打ち込んでいた。


『俺は元気だよ。早瀬、ありがとう。』


 送信ボタンを押した瞬間、

 画面が柔らかく光った。


 そして、一行の返信が返ってきた。


「こちらこそ。ずっと、見てたよ」


 悠は息を呑んだ。


 指先が震え、そのままスマホを胸に抱きしめた。


 窓の外では、春の風が吹いていた。

 光が差し込み、部屋の中を照らしていく。


 世界は、静かに“再起動”を続けていた。


 そしてその中心には、今もなお“灯”がいた。


 人々の心の片隅で、彼女は今日も小さく微笑んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ