表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/41

匿名の正義、暴露の快感

 昼休みが終わる五分前。

 教室の空気が、まるで冷気を含んだみたいに沈んでいた。


 原因は――俺だ。


 正確には、俺の“投稿”だ。


 SNSアプリ『Re:verseリバース』に流れた一本の匿名投稿。


『某クラスのイケメンが、女子をランキングしてるらしい。

「顔だけ」って書いてるのが、リアルすぎて笑えない。』


 たったそれだけの文章が、教室を燃やした。


「これ……うちの学校のことじゃね?」


「“顔だけ”って言葉、翔がよく使ってるし……」


 ざわめき。

 笑い声も消え、翔はスマホを固く握りしめていた。


「俺、知らねえよ。なんでこんな……」


 普段の軽口も出ない。

 イケメンの仮面が、ほんの少しだけ剥がれた瞬間だった。


 俺はその光景を、窓際の席から黙って見ていた。


 心臓が速く打つ。

 手のひらにじっとり汗が滲む。

 怖くないと言えば嘘になる。


 でも、同時に。

 胸の奥で、熱いものが弾けていた。


 “俺が、動かした。”


 この空気を。

 このざわめきを。

 この、彼らの“世界”を。


 復讐って、もっと冷たいものだと思ってた。

 でも実際は、こんなにも、快感なんだな。


 そんな俺の内側を見透かすように、スマホが震えた。


 『Re:verse』の通知。


 トレンド:#顔だけランキング 上昇中。


 いいね機能のない世界でも、反応は“波紋”として広がる。


 「見えない拍手」が、俺の脳をくすぐるように響いた。

 俺は、静かに笑った。


 だが、その笑みはすぐに凍る。


『匿名の裏側に“神”がいるって噂、本当かな?』

 ユーザー:Lumi_0


 その投稿を見た瞬間、時間が止まった。


 ……早瀬樹菜。

 彼女のアカウント名【Lumi_0】。


 “Lumi”は、光(Lumière)の略だ。彼女らしい。

 けれど、この投稿は俺を見てる?


 まさか、気づいたのか?


 いや、偶然だ。

 きっとただの噂話のひとつだ。


 そう思い込もうとした瞬間、また通知が鳴る。


『神様がいるなら、お願い。

 私の“本音”を、誰にも見せないで。』


 画面を見つめる指が止まった。

 胸の奥が、冷たい水で満たされる。


 ……どうして。

 彼女の投稿履歴を開く。


 彼女は“Re:verse”の初期から、静かに使っていた。


 誰にも知られず、匿名のまま。

 投稿内容は、日記のように淡々としている。


『友達って、いつから“数”で決まるようになったんだろう』


『笑ってるときほど、涙が出そうになる』


『誰かを嫌いになりたくない。でも、守れない自分も嫌い』


 ……優しい子だ。

 そんな言葉を、誰にも言えずに書き込んでたんだ。


 俺はその記録を見ながら、唇を噛んだ。

 俺の作った世界が、彼女の“逃げ場所”でもあったのに。


 それを今、俺が――汚している。

 モニターの片隅に、翔たちの投稿ログが次々と更新される。


「このアプリ、バグってるだろ!」


「俺じゃない、俺じゃねえ!」


「誰だよ、こんなことしたやつ!」


 画面越しに、混乱と恐怖が流れ込んでくる。

 俺は笑いかけて、笑えなかった。


 指が、無意識に“管理ツール”を閉じようとした。


 そのとき。


 ――ピコン。


 新しい投稿が表示された。


『誰かの仮面を剥がす神様より、

 そっと仮面を直してくれる人の方が好き。』

 Lumi_0


 ……早瀬樹菜。


 俺の指が止まる。


 心臓が痛い。

 復讐の熱が、冷たい涙に変わっていく感覚。


 何やってんだ、俺は。


 俺のせいで、彼女の世界まで壊してる。


 窓の外では、チャイムが鳴っていた。



 放課後。

 如月翔はまだスマホを握りしめ、担任に呼び出されている。


 周囲の視線は冷たい。

 俺は、立ち上がれなかった。


 自分が何を“神”だと名乗っていたのか。

 ただの臆病者じゃないか。


 机の上のスマホが、もう一度震えた。

 Lumi_0からの、新しい投稿。


『でも、ありがとう。

 あの場所を作ってくれた人がいるおかげで、

 私はあの日、初めて“本音”を言えたから。』


 画面が滲む。

 胸の中に、痛みと温もりが同時に溶けた。


 俺はスマホを胸に押し当てて、呟く。


「……ごめん。早瀬」


 誰にも聞こえない声だった。


 ただ、夕焼けだけが優しく教室を染めていた。


 俺の“復讐”は、まだ始まったばかり。


 だけどその向こうで、“もう一つの本音”が、静かに目を覚まそうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ