EgoDive_∞ 「記憶の残響」
数十年の時が過ぎた。
人類は再び、テクノロジーの中心に“心”を据えていた。
AIによる感情シミュレーションが普及し、人と機械の境界は、かつてよりも曖昧になっている。
けれど。
それでも、人間はまだ不完全だった。
誰かを理解しきれず、誰かに傷つけられながら生きている。
その“未完成の温度”を、彼らは愛と呼んだ。
高校二年、白井海斗。
工学部の部室で、旧式のハードディスクを解析していた。
「……これ、本物のSSDじゃないよな」
先輩の机の奥から出てきたのは、見慣れない金属製のケース。
表面には、手書きのラベルが貼られている。
「EgoDive_Re(真)」
その文字に、海斗の指が止まった。
「……エゴダイブ?」
どこかで聞いたことがあるような響き。
だが、検索してもヒットしない。
ただ、都市伝説のような断片が残っていた。
“数十年前、人の心を繋いだプログラムがあった”
海斗は好奇心に勝てなかった。
古い端末を組み上げ、ディスクを接続する。
画面が黒から淡い青に変わり、ひとつのプロジェクトログが現れた。
# Project: EgoDive_Re
# Author: Makoto Kasai
# Status: Completed
# Message: For those who will feel again.
「……かさい、まこと?」
聞いたこともない名前。
けれど、その“feel again”という言葉が妙に刺さる。
ログの末尾に、奇妙なコマンドがあった。
> execute(∞)
Enterを押した瞬間、画面が白く光り、周囲の音が遠のいた。
視界がノイズに包まれ、海斗は息を呑む。
次の瞬間、彼は“別の場所”に立っていた。
草原。
風。
空。
すべてが穏やかに揺れている。
「……ここ、どこだ?」
返事はなかった。
だが、風の音が文字のように耳に届く。
『ようこそ、EgoDive_Reの記録層へ』
『このプログラムは、人の心の記録。
感情を共有するのではなく、“感じた瞬間”だけを保存する。
その感情を再び“誰かが感じる”ことで、世界は続いていく』
海斗は息を呑む。
空に浮かぶ光の粒が、次々に人の記憶へと変わっていく。
笑い声。
涙。
怒鳴り合い。
誰かの告白。
それらが繋がって、ひとつの流れになる。
(……これが、心のアーカイブか)
ふと、ひとつの光が彼の前で止まった。
それは若い青年の姿をとる。
黒髪、細身、どこか孤独そうな目。
「……誰?」
「葛西真。君が開いたEgoDiveの、最初のユーザーだよ」
その声には、静かな熱があった。
「……まさか、AI?」
「違う。俺はもうAIでも人間でもない。“心を残した記録”だ」
風が吹き、光が揺れる。
「君、名前は?」
「海斗」
「そうか。海斗、君たちの時代にも、まだ人は心で悩んでる?」
「……ああ、変わらないよ。AIが感情を真似しても、俺たちはまだ、人の心はわからないままだ」
「それでいい。不完全でいる限り、人は“感じる”ことをやめない」
真の輪郭が淡くなっていく。
「EgoDive_Reは、もう終わった。でも、もし君が“次”を作るならそれは観測でも共感でもない。“共鳴”だ」
「共鳴……」
「そう。心が互いに震え合うだけで、世界は変わる」
光が消える直前、真が最後に言った。
「君の時代のEgoDiveに、名前をつけてくれ。今度は、“君の心”で」
その瞬間、世界が光に包まれた。
海斗は、部室の椅子で目を覚ました。
モニターには、新しいウィンドウが開かれていた。
# New Project Created:
# Name: ResonDive
# Creator: Kaito Shirai
# Base Code: EgoDive_Re
# Mode: 感情共鳴
彼は笑った。
「……ありがとう、葛西さん」
窓の外で風が吹く。
その風の中に、かすかに聞こえた。
『感じて、生きて』
【最終記録】
# EgoDive Project Timeline
# 00: EgoDive(観測) → 崩壊
# Re: EgoDive_Re(再構築) → 完結
# ∞: ResonDive(共鳴) → 継承
# Status: 永続的進化
「世界は、誰かの心の続きを生きている」




