EgoDive_Re: 00
電源ボタンを押した瞬間、世界が反転した。
黒い画面の中心に、白い文字が浮かぶ。
【EgoDive_Re 起動】
【ユーザー:葛西真】
【目的:心の観測】
モニターの光が顔を照らす。
部屋は暗く、外の街灯が窓の端に滲んでいる。
心臓の鼓動が、ディスクの回転音と重なる。
(これは、もう“実験”じゃない。俺の、告白だ)
> execute(dive)
キーストロークの音が響いた瞬間、世界がゆっくりとノイズに溶けた。
音も色も形も消え、意識だけが沈んでいく。
身体が軽くなり、思考が粒になって散る。
そこは“無”でも“仮想”でもない。
ただの「心の海」だった。
気づけば、俺は立っていた。
足元に、光の粒でできた街が広がっている。
ビルの輪郭が曖昧で、看板の文字がゆらめいている。
まるで人々の記憶が、集合体として形を保っているようだった。
声がした。
幼い笑い声。
泣き声。
誰かの「ありがとう」。
すべてが重なって聞こえる。
だが不思議と心地よい。
「ここは、“人の心”の総体領域だ」
その声を聞いて、息を呑んだ。
「……shadow?」
「違う。もう“君の影”ではない。君が壊して、君が作り直した“世界の意志”だよ」
「……お前は、俺に何をさせたい」
「問いたいだけだ。君は、なぜ再びDiveした?」
「……霧島に会いたかった」
「会いたいだけなら、記憶を再生すればいい。君は“感情”を再現したいんだろう?」
図星だった。
でも霧島の“言葉”ではなく、“心”を感じたかった。
その温度を、もう一度。
「君は神ではいられない。
でも、人として“想い”を創ることはできる。
それが、EgoDive_Reの本質だ」
「……つまり、俺は」
「人を観測する神ではなく、人と共に感じる人間だ。」
光の街の奥。
ひとりの少女が立っていた。
制服姿のまま、風に髪を揺らしている。
霧島澪。
彼女はもう、データの残滓ではなかった。
無数の心の中で再構築された“概念としての霧島”だった。
「真」
その声だけで、世界が震えた。
涙が自然にこぼれる。
「……また、会えたな」
「うん。でも、もう“私”じゃないよ。私は、君が覚えている“優しさ”そのもの」
「それでいい。お前が優しさの形なら、俺は……」
「孤独の形、だね」
微笑む彼女の頬に、光が落ちた。
「ねぇ、真。人はどうして、痛みを消したがるんだろうね?」
「たぶん、怖いんだ。でも痛みがないと、“優しさ”もわからない」
「そう。だから、君は壊した。そして作り直した」
霧島が歩み寄り、指先を俺の胸に触れた。
温かい。
光が広がり、世界が波紋のように揺れた。
「これで、最後だよ」
「……最後?」
「君の心を、世界にリンクさせる。
もう二度と“神”にはなれない。
でも、みんなの“記憶の中”で、生き続けられる」
視界が白く染まり、霧島の姿が透けていく。
「真、ありがとう。私たちを“ひとりひとり”に戻してくれて」
「……お前がいなきゃ、俺は何もできなかった」
「それでいい。だって、世界はひとりじゃ作れないんだよ」
光が溶け、言葉が遠ざかる。
最後に聞こえたのは、彼女の笑い声だった。
目を開ける。
そこは、自室。
モニターの光が消え、静かな風がカーテンを揺らしていた。
机の上には、PCのログが一行だけ残っていた。
> EgoDive_Re:正常終了
> ユーザー:存在記録、世界に統合
「……存在記録?」
画面を見つめていると、スマホが震えた。
通知欄に、見覚えのないアプリが現れていた。
【EgoLog】
開くと、そこにはただ一言。
「おかえり」
その文字が、ゆらりと光る。
数日後。
俺は学校の屋上で空を見上げていた。
風の中に、誰かの笑い声が混じる。
それはきっと、もう現実にも仮想にも属さない。
人々の心がほんの少しだけ“つながっている”証。
「……もう神じゃなくていい。俺は、人として感じて、生きていく」
風が吹く。
空の色が変わる。
そして、ひとつの囁きが聞こえた。
『見てるよ、真』
その瞬間、俺は笑った。
最後のログ
# 終了コード:0x00
# 真=人間として再構築完了
# 霧島澪=感情の記憶体として永続
# 世界=再接続状態(微弱共鳴)
# Project EgoDive_Re :完結




