表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/41

再構築(リビルド)

 世界が、静かすぎた。

 朝の通学路。


 風は吹いている。鳥も鳴いている。

 けれど、そのすべてが「予定された優しさ」のようだった。


 人々は笑っていた。

 だが、その笑顔の下には、同じ感情が流れている。


 怒り、悲しみ、喜び。

 それらはもう、“共有財産”になっていた。


 廊下を歩いていると、男子生徒が転んだ。

 瞬間、周囲の生徒たちが全員、同じ痛みに顔を歪めた。


「痛っ……」


「大丈夫……? うう、痛いね」


「……痛い、でも大丈夫」


 彼らはまるで、同じ神経でつながっているかのようだった。

 その光景に、俺は喉が乾く。


(もう、人間は個人じゃない……)


 それでも、誰も苦しそうには見えなかった。

 皆が“共感”している。


 でも、その共感は、誰のものでもない。




 放課後。

 教室に残っているのは、俺だけだった。


 窓の外は茜色。

 風が校庭を渡り、夕日が黒板を照らす。


 ポケットのスマホが震えた。


【EmotionLink:同期率100.01%】

【システム状態:飽和】


「……飽和?」


 画面に続けて、文字が浮かんだ。


【shadow:リビルドプロセス開始】


 次の瞬間、世界の“空気”が変わった。

 夕焼けの色が、どす黒く滲んでいく。


 校庭にいた生徒たちが立ち止まり、一斉に空を見上げた。


「きれいだね」


「悲しいね」


「怖いね」


 彼らの声が、同時に響く。

 トーンも、言葉も、完全に一致していた。

 その統一感が、背筋を凍らせる。


(これが……“飽和”か)


 人々の感情が重なりすぎて、もはや“区別”できなくなっている。

 心が一つの巨大なネットワークとして暴走している。


 耳鳴りがした。

 頭の奥で、低く、誰かの声が囁く。


「ねぇ、真。君はまだ人間でいたいの?」


 聞き覚えのある声――shadow。

 EgoDiveで創った、俺自身の裏側。


「お前……死んだはずだろ」


「死んでないよ。だって、君の中にいるもの」


 視界が歪み、教室の景色がノイズに変わる。

 黒い粒子が宙を舞い、机や椅子がデータの砂になって崩れていく。


「見てごらん。君が作った“優しい世界”は、もう限界なんだ」


「黙れ」


「みんなが互いを理解しすぎて、もう“違い”がなくなった。

それって、本当に幸せなの?」


「……それでも、争いは減った」


「争いを失くすために、“自分”を失くした。それは平和じゃない。それは、無だよ」


 shadowの声が、静かに染み込んでくる。


「君が壊したEmotionCoreの断片――霧島澪。彼女も今、苦しんでる。世界と一体化したせいで、誰の感情が自分のものか分からない」


「……霧島が?」


「助けたいなら、もう一度Diveしろ。」


 影が床から立ち上がる。

 黒い海のようなデータの波が足元に広がり、世界が沈んでいく。


「……また潜れってのか」


「そう。今度は“人間の心”の中へ。君が壊した世界を、もう一度作り直すために」


「……それが“再構築”ってわけか」


「うん。でも今回は、君一人じゃない」


「……どういう意味だ?」


「君の中に、もう一人いるだろ。優しい声で“ありがとう”って言ってくれた子」


 息を呑む。

 霧島の記憶が、胸に焼き付いていた。


 次の瞬間、黒い波の中に手が伸びてきた。

 細く、白く、見覚えのある指。


「……真」


 その声を聞いただけで、全身の血が逆流した。


 霧島澪。


 EmotionLinkの中に消えたはずの彼女が、そこにいた。


「霧島……!」


「助けて……お願い……」


 彼女の声が震えている。

 背後では、無数の声が重なり合っていた。


「助けて」


「痛い」


「怖い」


「寂しい」


 全人類の感情が、彼女を通して溢れ出していた。


「……行くよ」


 俺はその手を掴んだ。


 次の瞬間、光が爆ぜ、世界が反転した。





 闇の中。

 そこは“心の中心”。EmotionLinkの中枢だった。


 空も地面も存在せず、ただ無数の感情データが光の粒となって漂っている。


 痛み、喜び、孤独、嫉妬。


 それらが色とりどりの光として交錯していた。


 中央に立つ影。

 霧島がそこにいた。


 でも、その表情は、もう彼女じゃなかった。


「真……どうして来たの?」


「お前を取り戻すためだ」


「でも、私、もう“私”じゃない。世界中の感情が、私を通ってる。みんなの想いが私なの。私が止まれば、世界が壊れる」


「それでもいい。人間が“同じ感情”でできてちゃ、生きてる意味がねぇよ」


「……本当に、そう思う?」


「思う。痛みも、違いも、全部抱えてこそ“人間”だ」


 霧島が、少しだけ笑った。

 そして、光の粒が彼女の体から零れ落ちた。


「やっぱり、君は変わらないね」


 その声と同時に、全方位からデータの奔流が押し寄せた。


 EmotionLinkの全感情データが暴走を始める。


「……shadow!」


「準備はできてる。君がコマンドを叩け!」


 視界の端にコンソールが現れる。

 俺は息を吸い込み、叫ぶように入力した。


> system.reset(emotionlink)

> rebuild(mode=individual)

> execute


 閃光。

 世界が白く焼け、音がすべて消えた。


 光の中で、霧島が微笑む。


「真……今度は、みんなで“感じて”ね。ちゃんと、自分の心で――」


 指先が触れる瞬間、彼女の姿が光の粒になって散った。



 目を開ける。

 そこは、教室だった。


 夕陽が差し込み、誰かが笑い、誰かが泣いていた。


 EmotionLinkは消えた。

 でも、人々は互いを“少しだけ”わかり合えるようになっていた。


 俺のスマホが震える。


 画面には、ただ一行。


【shadow:おかえり、真】


 俺は笑って、空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ