俺は、教室ではモブ。ネットでは神。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が色づいた。
笑い声。スマホのシャッター音。机を寄せて弁当を広げるリア充どもの島。
その中心で笑ってるのは、クラスの王様・神原と、その取り巻きだ。
「おい見ろよ、俺のフォロワー三百超えた!」
「マジで? 昨日より増えてんじゃん!」
「だろ? “スクールSNS”マジ神アプリ! お前も投稿しろよ葛西〜」
そう言って、神原が俺の机を軽く叩いた。
俺、葛西真は、ヘッドホンを外して適当に笑う。
「……興味ない」
「またそれかよ。お前、そういうとこ陰キャだわ〜」
クラス全体が笑いに包まれる。
俺はもう慣れていた。
空気が動くたびに、自分が“透明人間”であることを再確認する。
スクールSNS。
最近、うちの学校で爆発的に流行してる“学内限定SNS”だ。
登録には学校メールが必要で、ユーザーは全員同じ校内。
投稿すれば、誰がどんな写真を上げたか一瞬で広まる。
言うなれば、「学校版インスタ」。
フォロワー数=人気のバロメーター。
リア充たちは数字の奴隷になってるのに、本人たちは気づいていない。
俺のフォロワー? ゼロだよ。
アカウントも作ってない。そんなもんに時間を使う気はない。
代わりに俺は、ノートPCの画面に目を落とす。
弁当の代わりに、カフェイン入りの缶コーヒー。
俺の昼休みは、いつもここから始まる。
コードは嘘をつかない。
だから好きだ。
俺の名前は“葛西真”。
だが、ネットの中では別の名で呼ばれている。
《Shade》。
匿名コミュニティ《DevNull》で“神アプリ職人”と呼ばれる存在。
自作ツールの累計DL数、三百万超。
それでも、誰も俺が高校生だなんて知らない。
「Shadeさん、またバグ修正助かりました!」
「新しい暗号化モジュール、やばいです!」
「どうやったらそんな発想できるんですか!?」
モニターの向こうでは、世界中の開発者たちが俺を“先生”と呼ぶ。
それが、俺の居場所だった。
教室ではただのモブ。
ネットでは神。
それが俺の、二重生活。
チャットの通知が一つ、光った。
@An0nym:
「Shade、聞いた? 日本のどっかの学校で流行ってるSNS、個人情報抜いてるらしいぜ。」
@Shade:
「スクールSNSってやつ?」
@An0nym:
「そうそれ。裏で広告会社がデータ抜いてるって話。」
@Shade:
「へぇ。浅い罠だな。」
神原たちが夢中になってるアプリか。
裏ではそんな話になってるとはな。
ふと思う。
もし、あれを逆手に取ったら――どんな地獄が作れるだろうか。
俺の脳内に、コードの走査音が鳴り始めた。
指がキーボードの上で勝手に動き出す。
思考と感情が、デジタルに変換されていく瞬間。
これが俺の快感だ。
放課後。
教室にはもう誰もいない。
西日が差し込む窓際で、俺はPCを開く。
タイピングの音が乾いた教室に響いた。
「――よし、“心理層フィルタ”動いたな」
モニターの中央に表示されるのは、白地に青いアイコン。
《EgoDive》
俺が今、作り始めた新しいSNSだ。
仕組みは単純。
投稿文の中に含まれる語彙、言い回し、句読点のリズム。
そこから投稿者の「心理傾向」をAIが解析し、裏に潜む“本音”を可視化する。
つまり、嘘を吐けないSNS。
笑って「楽しい」と書いても、文体が“怒り”を検出すれば……
「怒:78%」のタグが自動で表示される。
それを見た他人は、投稿主の“本当の感情”を一目で知る。
使えば使うほど、正体がバレる。
人間の“裏”を暴く鏡だ。
俺は、モニターを見ながら笑った。
無表情のまま、唇だけが動く。
「お前らが“フォロワー数”で競うなら、俺は“真実”で遊ぶだけだ」
その夜。
アプリのβ版をネットに流した。
匿名の共有サイト《DeepDrop》に、こう書いて。
【匿名心理解析SNS】EgoDive β版。
嘘が多い人間ほど、バレる仕様です。
興味ある方、自己責任でどうぞ。
投稿して数分で、コメントがつく。
「怖いけど面白そうw」
「これやってみた、ヤバい、本音出すぎて草」
「Shadeさん? これ作ったの、Shadeさんでしょ!」
――バレたか。
まぁ、構わない。名前が出るのは、いつものこと。
俺はもう一度画面を閉じた。
明日には、誰かがこれを“遊び”で広めるだろう。
たったそれだけで、火種は広がる。
翌朝。
教室に入ると、やけにざわついていた。
「なぁ見た? 昨日のアプリ! “EgoDive”ってやつ!」
「うちのクラスの掲示板にも貼られてたぞ!」
「やってみたら“偽善的:63%”って出たんだけどw」
――早いな。
噂が拡散する速度は、いつだって俺の想定を上回る。
俺の席の隣で、神原がスマホをいじりながら笑った。
「マジウケる。『お前の本音は嫉妬だ!』とか出てさ。作者頭おかしいわ」
「なぁ葛西、お前もやってみろよ!」
「……いいや、興味ない」
「またそれかよ〜」
神原は笑って肩をすくめる。
その笑顔が、俺の中の“何か”を静かに刺激した。
――笑っていられるのも今のうちだ。
お前らが作り上げた“スクールSNS”という檻を、俺の《EgoDive》が中から溶かしていく。
最初のドミノはもう倒れた。
後は、連鎖する音を楽しむだけだ。
その日の夜。
EgoDiveのダウンロード数は、学校内で三百を超えていた。
ほとんどの生徒が遊び感覚で登録している。
でも、投稿ログを覗けば一目で分かる。
笑顔の裏に潜む「劣等感」や「虚栄」が、数字として可視化されていく。
AIは正直だ。
人間の方が、よほど残酷だ。
俺は画面を見つめながら、微かに笑った。
俺の世界は、ここにある。
このコードの海の中でなら、俺は“神”だ。
通知が鳴った。
画面に、新しい投稿。
投稿者:神原
「EgoDiveってマジ神。作った奴、天才だわ! お前最高!」
その投稿の横に、自動で浮かび上がった心理解析タグ。
【優越感:92%】【虚栄:61%】
「……ああ、最高だよ。お前が一番、よく似合ってる」
俺は静かに呟き、再びキーボードを叩いた。
次の更新では、“学校ネットワーク”からのアクセスを優先処理する設定を加える。
――つまり、この校舎全体を、俺の遊び場にする。
「さぁ、踊れ。お前らの“本音”でな」




