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ⅢⅩⅣ

「ここから近い港はどこだ?」

 

「お兄様? 流石にクラーケンで港に上陸してしまったら大騒ぎですわ! 普通クラーケンを討伐するには王宮騎士団の大部隊が駆けつける案件ですわよ?」

 

「ああ、確かに大騒ぎになったらまずいな」

 

 僕とリューズは手を繋ぎ、潮風を全身に浴びながらクラーケンの頭の上で水平線を眺めている。

 

 しかしクラーケンの体液のせいで全身ヌメヌメだ。 リューズを直視したら妙な気を起こしそうなため、早くどこかで湯浴みをしたい。

 

「ぼっちゃま? 近くに無人島があります、一旦そこで一休みしてはいかがですか?」

 

「無人島なら別に気を遣う相手もいないしな、もし別の船が近づいてきたらクラーケンにどうにかしてもらえるだろうし」

 

「そうとわかれば方角は西北方向でございます」

 

「よし、クラーケン! あっちに向かってくれ!」

 

 クラーケンは海をかき分けてその巨体を西北方向に向けて泳いでいく。

 

 向かっている無人島には湖はあるだろうか? 脱走した日からずっと水浴びすらしてないから流石に汗臭いし、おまけにクラーケンのせいで生臭い。 匂いが気になって仕方がない。

 

 まあ、クラーケンが悪いわけではない。 むしろクラーケンは僕たちを運んでくれているのだから感謝するべきだ。 感謝を込めてクラ男と名称しよう。

 

「それにしてもお兄様、この子の体は少しヌメヌメして気持ち悪いですわ」

 

「おいリューズ、クラーケンは僕たちを運んでくれているんだぞ? 気持ち悪いなんて言ったらかわいそうじゃないか。 意外とつぶらな瞳をしていて可愛らしいんだぞ? なぁ、クラ男」

 

「クラ男ってこの子の名前ですの? もっと可愛らしい名前がいいですわ! そもそもこの子はオスなのですか?」

 

「さあ、そもそもタコに性別ってあるのか?」

 

 僕は首を傾げながらファエットに目配せすると、ファエットは困ったように眉を歪めた。

 

「わしは生物学者ではないので、流石にそこまでは分かりませんぞ?」

 

「でしたら男の子でも女の子でも問題ない名前をつけてあげましょう! クラーラとかどうでしょうか?」

 

 リューズは楽しそうな表情で名前を考え始めた。 隣に立っていたファエットまでもが一緒になって色々と意見を言い合っている。

 

 離宮の中で毎日下らないことを言い合っていた日々を思い出し、思わず頬が緩んでしまう。 二人の口論を見ていたら、後ろで寝ていたサリウスとジェイミーが唸り出したのが聞こえてきた。

 

「うう、頭が……って、え? 何この気色悪い物体!」

 

「す、ストールぼっちゃま、なんだか体がヌメヌメします。 わたくしめが寝ている間に一体何を? ……もしや、最初からこう言ったプレイがお望みだったのですか?」

 

「これジェイミー! ぼっちゃまに変な言葉を教えるでない!」

 

 開口一番とんでもない下ネタを言い出したジェイミーをファエットが叱咤し、状況が掴めていない二人は目を丸くする。

 

 確かに寝ていた二人は僕たち以上に全身ヌメヌメになっている。 サリウスなんかムチムチな太ももを締め付けるアミタイツと、体のラインがくっきりと出ている衣装だ。 こいつが全身ヌメヌメになるのはマジでまずいと思う。

 

「え? あれ? ファエットさん? なんで一緒にいるの?」

 

「いてはいけませんかなサリウス殿?」

 

「あ、ええっと。 ダメっていうかなんと言うか…… リュ、リューちゃん? 状況説明してくれないかな?」

 

 困り顔で頬をかきながら、サリウスはリューズに助けを求め始めた。 後頸部に打撃を食らっての昏倒だ、記憶が多少あやふやになってしまっているのだろう。

 

 リューズが状況を説明している間、僕は頑なに水平線の彼方へ視線を釘付けにして平常心を保っている。

 

「ファエットさん、ストールおぼっちゃまはえっちなことが大好きなのです。 あなた執事のくせにそんなことも知らなかったのですか? 今もサリウスのエロい体がヌメヌメになっているせいでソワソワしております。 自我が崩壊しないようにずっと水平線の彼方を見ているようですよ?」

 

「なんですと! ぼっちゃま! 不潔でございますぞ! リューズお嬢様とご結婚なさるのなら、関係を持つのはリューズお嬢様だけにしませんと!」

 

「ちょっと待て! なんてこと言い出すんだお前らは!」

 

 僕は慌てて振り返ると、ヌメヌメなジェイミーが自分の肩を抱くようにして身を縮こまらせている。 なんて破廉恥な画角なんだ!

 

 その隣では自分の膝を抱え、頬をうっすらと赤く染めたサリウスが遠慮がちに僕の方を見つめていた。 やめろ、そんな格好でこっちを見るんじゃない。

 

「ね、ねえスーくん。 あたし、早くどこかで水浴びしたいんだけど」

 

「ああ、それは僕も同じだ。 ファエットの話だと近くに無人島があるみたいだから。 そこに湖があるのを祈ろう。 ってうか、あってくれ頼む」

 

 祈るような眼差しでファエットが指示した西北方向を指差しながら、『湖』と聞いて昨日の水浴びのことをぼんやりと思い出してしまう。

 

「ストールぼっちゃま、サリウスに水浴びさせた後、その湖の水をどうするおつもりですか?」

 

「ふざけんなよお前! 僕は何もやましいことなど考えていない!」

 

「ですがストールぼっちゃまは、頑なにサリウスを見ないようにしていますが? 欲情しないよう気をつけているのが丸わかりです」

 

 真顔で呟くジェイミーの言葉を聞き、リューズが「まぁ! お兄様ったら!」などと言いながら僕の脇腹をこづき始める。

 

「ちょっと待てリューズ! こいつは適当なこと言ってるだけだから信じるな!」

 

「まさか、ぼっちゃまがいつの間にかこんなにもふしだらな子に育っていたとは、わしは育て方を間違えてしまったかのう」

 

「ファエット落ち着け! ジェイミーは読心の絶眼というのを持っていてだな!」

 

 肩を落としながら黄昏始めるファエットに慌てて弁明しようと声を上げるが、全くもって話を聞いてくれない。

 

 そこから無人島に着くまでの間、僕はジェイミーと口論し続けていた。

 

 

 ☆

 無事に無人島についた僕たちは、島の中心にあった湖でぬめりを落として食事を探すために島を散策し始めた。 一周歩くのに役三十分とそんなに広い島ではない。

 

 島の西部に小さな山があるのと、全体的に伸びっぱなしの草木が生えた無人島のため、しばらく誰の手も加えられていないのがわかった。

 

 水浴びの後いつもの如くジェイミーに散々いじられたりしたが、もはや相手にしてしまっては思う壺になってしまうため軽くあしらい、僕とファエットは夕食を用意するために海辺で魚を探す。

 

 クラーケンには島の周りを警戒してもらうよう命令し、二人で海に潜って貝や海藻を集めたりしていた。

 

 ファエットは泳いでる魚に木で作った槍を突き刺していたりしたため、なんとか食事は確保できそうだ。 ファエットがいたら自給自足でも生活できるんじゃないか?

 

 日が暮れる前に火を起こしてくれていたサリウスと合流し、島の西部にあった山に横穴を掘って簡易的な拠点を作り上げる。

 

 海が一望できるため見張りもしやすく、海から見ても木の影に隠れて見えづらいところを選んで掘ったため、しばらくは滞在できそうだ。

 

 焚き火を囲いながらこれからのことを話し合い。 島で集めた野草や、ファエットが集めてきた魚をみんなで調理していると、リューズが心配そうな顔でジェイミーをじっと見つめ始めた。

 

「とりあえず、ジェイミーの傷をお医者様に見せなければなりませんわね」

 

「そうだな、だが港に行くにしても船がないと大騒ぎになるぞ? さっきも言っていたが、クラーケンで岸に行けば目立ってしまうだろう?」

 

 僕とリューズは頭を抱えながら焚き火で魚を炙っていた。 するとジェイミーが突然、名案が閃いたとばかりに自分の手を打った。

 

「この辺には海賊もいるはずです。 船を乗っ取ればいいのでは?」

 

「確かにそれならどうにかなりそうじゃのう。 海賊の船では港に行くわけにはいかんが、港でなくても船でどこかの岸に近づければ上陸はできそうじゃからのう。 それならクラーケンよりは目立たんじゃろう」

 

「クラーケンがいれば海賊程度簡単に脅せます。 それに白兵戦でそこらの海賊に我々が遅れをとるわけがありませんからね」

 

 ジェイミーが物騒なことを言うと、見張りをしていたサリウスが「違いないねー」などと言って笑い出した。

 

 ジェイミーの傷は島にあった薬草でこまめに治療を続ければしばらく持つと言っていた。 化膿する恐れもありためもたもたしているわけにはいかないが、ひとまず明日からの行動方針が決まった。

 

 海賊を探すために僕たち男性陣は周辺の海をクラーケンで徘徊、女性陣は夕食の確保や島の見張り。

 

 大方の予定が決まった僕たちは洞穴の中で睡眠をとることになった。 見張りはジェイミーたちが交代でしてくれるらしい。

 

 最初は僕たちも手伝うと言ったのだが、三人もいるから前よりは楽に見張りができると言っていたからお言葉に甘えた。

 

 僕とリューズは洞穴の奥に作ってもらった寝床で横になる。 島にあったヤシの葉を地面に敷いただけの簡単な寝床だ。 贅沢を言ってられないため特に文句は言わず、二人並んで横になる。

 

「それにしても、一時はどうなることかと思いましたが、全員無事でよかったですわ。 ファエットも一緒に来てくれることになりましたし!」

 

「まったくだな。 あの刺客との戦いの最中は、もう本当にダメかと思った。 しかも、ファエットが助けてくれたと思ったら僕たちを本気で連れ戻そうとするんだもんな。 刺客に襲われた時よりも絶望的だった」

 

 僕は当時の戦いを思い出して眉を顰めると、リューズは控えめに笑い出した。

 

「でも、わたくしたちは前世で船が沈没して亡くなったのに、また船の上で危険な目に遭うなんて、なんの因果なのでしょうか?」

 

「まあ、前世の僕は沈没する船の中で何もできなかったけど、今は心強い仲間もいるし、絶眼っていう絶対的な力もある。 この力に奢るつもりはないが、リューズを守るためならこの力を存分に利用するさ」

 

 僕は何もない天井を見上げながら、腕を伸ばした。

 

「光輝が宣言した前世での約束も、ストール・エクリステインとしてお前とした約束も全て守ってみせる。 この力を活かして今よりももっと頼り甲斐のある男になって、無事にこの国から逃げて新しい人生を始めよう」

 

「はい。 ですがお兄様? わたくしがいるのにジェイミーを口説いたり、サリウスにやましい視線を向けるのはダメですわよ!」

 

「いやいや、ちょっと待て! 口説いてないし、やましい視線は……向けたくて向けているわけではない」

 

「さっきの間はなんですの! お兄様のえっち! そんなにお胸が大きい女性が好きなのですか!」

 

「いや、そこは本当に違うぞ? デカすぎると重そうだし太って見えるじゃないか」

 

 真顔で答える僕を見て、リューズはおかしそうに笑いながら僕の方に体を向け、控えめに手を握ってきた。

 

「でもまあ、お兄様が意外とえっちな事ばかり考えているのには驚きましたが、なんだか新たな一面を見れた気がして少し嬉しくもありますわ」

 

「なんだか否定したいところだが、ジェイミーのやつが僕の意志に構わず心内をぶっちゃけているせいで強く否定できないな」

 

「ふふ、お兄様も男の子ですからしょうがないと思うしかありませんね。 少し嫉妬してしまいますが、男の方はこう言った嫉妬心も少し嬉しく思ったりするのでしょう?」

 

 うっすらと微笑むリューズを見て、僕はおかしそうに鼻を鳴らした。

 

「まあ、人それぞれだと思うからなんとも言えないが、少なくとも僕は嫉妬してるリューズを見て可愛らしいと思ってしまうかな。 あんまりしつこすぎるとやかましいと思うかもしれないが、ああやって頬を膨らますリューズを見ているのも可愛らしいからな。 嫌じゃないよ」

 

「それならよかったですわ!」

 

 僕は嬉しそうに手をキュッと握るリューズと向き合い、その手を優しく握り返す。

 

「だから僕を信じてくれ。 もちろん、僕もリューズを心から信じるぞ。 だからこの国から逃げることができたら、またささやかな結婚式を挙げて、新婚旅行に行こう。 僕たちはこの世界で、前世の僕たちが生きれなかった時間を幸せに過ごすんだ」

 

 リューズは頬を紅潮させながら小さく頷き、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 彼女の安心しきった無防備な顔を一瞥し、綺麗で透き通った肌に手を添える。 そして、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

 唇同士が触れ合い、高揚感と背徳感がない混ぜになった歪すぎる愛を感じながら、ゆっくりと唇を離す。

 

 息がかかってしまうほどの至近距離で、唇に残った余韻に浸りながらお互いの顔を見つめ合う。

 

 顔が熱い、リューズの耳も真っ赤になっている。

 

 双子の兄弟なのに交わしたキスの背徳感と、前世で愛し合っていた僕たちがまたキスをできたという高揚感。 二つの感情が混ざり合った、混沌とした愛。

 

 これから先、誰も僕たちを知らない地でこの混沌の愛を育んでいく。 この愛の形を認めてくれる人間はおそらく一握りだろう。

 

 兄弟だと知られれば、一般人からは間違いなく罵倒されてしまう。

 

 けれど後悔はないし、恐れるつもりも毛頭ない。 僕たちのこの恋は、前世で生きていた時から誓っていた永遠の愛なのだから。

 

 生まれ変わっても必ず愛し合うと、光輝と星成が交わした約束なのだ。

 

 前世から誓っていた永遠の愛を、転生した双子の兄妹が育んでいく不思議な因果。

 

 これはこの世界のどこを探しても、はたまた宇宙にある違う星々を全て探しても、同じことをできる夫婦はいないだろう。

 

 文字通り、僕たちだけにしか許されない、禁断の愛。

 

 

 

 ———これは、禁断と言われる双子兄妹の愛を正当化し、双子から夫婦へと進展していく逃亡劇の始まりだ。

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