47 メイフィーの結論
翌日、私はすっきりとした気分で目覚めた。そしてクリス様に私の考えを伝える事にした。
「あの、お母様……母の事なのですが」
「うん」
「次で、返事を書くのを最後にしようと思います」
クリス様はちょっと驚いた後で頷いた。
「分かった。けれど、もう書かなくていいんだよ?」
「いえ、けじめをつけないと、私の中の感情が整理できそうになくて。これを最後にします。後はクリス様にお任せします」
クリス様は私の顔をじっと見た後、笑顔で言った。
「分かった」
『結婚式の準備が無事終わり、結婚する事になりました。招待状はご用意できません。そちらで健やかにお過ごしください』
いざ書いてみると恨み言の一つもない。私は母からの手紙が来はじめてから色々考えたのだ。……母も被害者だった。大きな傷を負い、未だにその傷が癒えない。自分で癒せないのだ。
では、その傷を誰がつけたのか?
王家からはその謝罪と今後改善策を聞いた。だから様子見。父も私を助けてくれたから、こちらから言う事はない。他に……あるのだ。
母は優秀ではなかった。それを自覚しているから周囲の評価を欲しがり、相手を喜ばせて自分の力にするようになっていったのだ。王妃様に劣っている自分をそうやって隠した。
王妃様が忌々しく思い、嫌う理由は分かる。
実際、母国の王妃様に美貌だけで才覚がないと言う話は、母を持ち上げていた者達の嘘だったのだろう。
王子方はとても優秀で、健やかに育ち重責に立ち向かっている。義姉は王宮に入り、王妃様の助言を受けて学ぶうちに、聡明な王子妃と称えられるようになったと聞いた。先妻様の気性を受け継いでいると言うよりも、母の育て方が悪かったのだ。
母は王妃に向いていないが、逃げる事も出来なかった。母方の祖父母が許さなかったのだ。
彼らは母を金づるとして扱った。……候補だった頃は、城から毎年補助金が出ていた。贅沢をできなくなっただけで、母は恨まれていた。祖父母の領地は、母の兄が継いで特産品が出来るまでは、かなり問題のある経営だった様だ。
陛下は悔んでいた様だが、父と結婚したお陰で搾取から脱出できたのだ。筆頭公爵家では手の出しようがない。
クリス様に調べて欲しいと頼んだら、そんな内容の調査書が宰相様から届いた。
デビュタントでよく似ていると言われたが、あれは容姿の良く似た孫である私も母と同じ、妃になれない無能だと皮肉っていたのだ。母が私に同じ衣装を着せたのは、祖父母に批判されたくなかったからだと今なら分かる。元は祖父母が仕立てたものだから文句が言えないと思ったのだ。
それでも……皮肉られた。真新しいパリュールに文句を付けないように慎重に。
母は嫌味を言われた私と一緒にいたくなくて、レオニス殿下を探しに行けと側から追いやったのだ。母は一見狂っているような行いをしているが、別に狂っていなかったのだ。
母は誰にも助けてもらえないまま生きて来た。それで、似ている娘を支配して心を慰めていた。けれど、その慰め方は自分の不幸の追体験だった。かつての自分を思い出して傷つきながらの癒しだったのだ。私が側に居れば、傷をえぐって直すの繰り返しにしかならない。そして私は一方的に傷つけられるだけになる。
『さようなら』
一緒にいられないのは、仕方のない事だった。ようやく心が受け入れた。
それから数日後、王城の夜会に私達は一緒に出席した。
クリス様が入場してすぐに私の前に跪いた。
「踊ってくれますか?」
「まぁ……覚えていて下さったのですね」
結婚前に、ダンスをしたいと言う願いは叶っていなかった。
クリス様は声を張り上げて言った。
「勿論だよ。まさか、婚約してから今日まで一度も踊れないなんて僕も予想していなかった」
いつもすぐに話しかけてきて、私とクリス様を引き離す重鎮達が、気まずそうな顔をしている。
「さあ婚約者殿」
手を差し出すと、クリス様は満面の笑みで立ち上がり、私をホールに連れ出した。
以後、婚約者と夜会で踊らないと婚約期間が延びると言う話が広まり、婚約中の人が踊らない内に話かけるのは、マナー違反とされるようになった。
新婚の夫婦が踊らない内に話しかけるのもマナー違反になるのは、更に先の話。
<シルフィ情報>
宰相はメイフィーに頼まれてシルフィの実家の過去を調べ、思う所があったのでシルフィの兄を呼びだしてメイフィーが国を出た経緯を話しました。
両親に確認すると、妹が候補だったお陰で得た金で留学までしていた事を知り、妹を放置した事に強い罪悪感を抱きます。
その後、彼は定期的にシルフィに手紙や贈り物を贈ったり、妻を連れて会いに行ったりするようになります。シルフィは殆ど話した事のない兄に抵抗がなく、その優しさを受け入れます。(両親は拒絶)
頻度は減りますが、発作の様にロゼライト公爵家に手紙を出すのは続いています。クリスが招けば特別通行証が発行されるからです。
元公爵は、シルフィの兄の行動を見て「妃候補を外されて傷心の令嬢を慰める」から始めなくてはならなかった過去を後悔し、監視しているだけだった立場から、妻の過去に向き合い寄り添うようになっていきました。
こうして、シルフィはメイフィーへの執着を少しづつ手放していき、カイルの子供達を孫として可愛がる穏やかな老後を迎える事になりました。




