43 これからの話
「そうなるなら、私は……」
嬉しいとは言ってはいけない気がして、くちごもる。
クリス様は言う。
「結婚できなかったのは、君のだけのせいじゃない。結婚式を想像しても、上手く想像できなかったから言い出せなかったんだ」
「想像ですか?」
「君が何を好み、どんな式にすれば喜んでくれるのか。全くわからなかったんだ」
私はどれだけ手紙を書いても、結婚についての話題を入れた事がなかった。だからだろう。
「僕も……こういうことに関しては疎い。でも君とは結婚したいし、ずっと一緒に居ると、皆の前で誓う日を特別なものにしたい」
「宰相の結婚ですものね」
「それもある。でも一番の理由は、君との結婚式だからだ」
驚いてクリス様を見つめてしまう。
「僕はこの国に来てから、一度も帰る場所に疑問を持った事がなかった。……それは、僕の心が折れない為に必要なものだったと、君が辺境に行ってしまったとき痛感した」
宰相として今や誰もが尊敬するクリス様が、真剣な表情で告げる。
「君が居ないと僕はダメなんだ」
そして、身を乗り出してきたクリス様の唇が私の唇に触れて、離れていく。
パニックになって目が回る私を見て、クリス様はいつもの笑顔になった。
「今回の事もあって結婚準備には時間をかけられる。一緒に考えよう?」
気持ちがふわふわと浮き立つ。
お母様にいちいちお伺いを立てなくてもいいし、見知らぬ夫人にこういうものだと言われる事もない。言われたって、知らんぷりしていいのだ。だって私達は母国に戻らないし、この国の古い伝統を知らないのだから。
何よりも……クリス様は私と結婚したいのであって、他所の人の顔色を窺って結婚する必要なんてない。それは私が何よりも欲しかった言葉だ。
「嬉しい……です」
「僕も嬉しい」
「私はクリス様が好きです」
「先に言われてしまったな。好きだよ、メイフィー」
すると、再度クリス様が身を乗り出して来て、唇に触れていく。思わず真っ赤になると、クリス様が手を差し出した。
「こういう触れ合いも慣れてね。……会場に戻ろうか」
「は、はい」
結婚式をクリス様と考えられる。それだけで、さっきまでの気持ちは消えていた。
そして、お母様への手紙の返事を書く事になった。
返事に関してはクリス様に細かい指導を受けた。貴族の情報戦の在り方を学ぶ時間だった。心理戦も兼ねた手紙の情報戦は、怪しまれたら終わりなのだ。
今回は、あえて便箋と封筒を質素なものにした。それ以外は殆ど小細工をしなかった。
内容は……この国の元王妃様と元公爵夫人が、母国の王妃様の美貌に対抗している内に周囲にも高額なドレスや美容を強要した結果、国が傾いた事。
今も結納金が無く結婚できない貴族が居る為、跡を継いだクリス様が資産の一部を国に返上し、結納金を補助する事になった事だ。そして結婚が延期になったと締めくくる。
長年共に暮らしていたから、嘘は分かってしまうだろう。だったら、悪く想像するように仕向けるだけでいいのだ。事実を切り抜いて相手の誤解を呼ぶように書く事で可能だ。
封筒や便箋の質素さから、公爵家の財政が良くないと思うだろう。そして……文字が綺麗になった事から、各方面に手紙を出して苦労していると思う筈だ。
私も長年お母様の様子を観察してきた。ある程度考える事の予想は出来るのだ。
予想通りで、心配しているので帰って来てほしいと言う手紙が来た。こちらに来る気は失せた様だ。
王子妃を欺いた私が帰国できる訳がない。それを書いた。
お母様からの手紙は愚痴に変わった。……王都で自分の孫だとされる王女達。王妃様と血の繋がった孫に会うのが苦痛なのだ。
私は、この国に母の美談が伝わっていると書いて返事をする。お姉様を育てた功績が褒め称えられていると。そしてこちらの人手不足についても書く。
「辛いよね。ごめん」
「いいえ……」
愛されていないのは分かっていたが、改めてつきつけられて胸が痛んだ。悪感情ばかりの手紙は、読むだけで吐き気がした。けれど、あちらから動く気が無い事を知って安堵もできる。
私は過去の自分の置かれた環境について色々と考えるようになった。
楽しい事ではなかったけれど、気持ちを整理する上では大事な事だった。
シルフィは公爵領に閉じ込められて、カイルから王都の情報を封鎖されている上に、同居する元公爵からも監視されています。それでも侍女やメイドを使って情報を集めています。
シルフィの資産で雇われている彼女達は、元公爵やカイルの命令に従いません。
しかし筆頭公爵家の情報網は、シルフィの作った女性や商人の情報網より複雑で大きいものです。しかもシルフィは夜会や茶会にも出席できません。カイルが偽情報を自分の使用人に掴まされ、商人が質問をはぐらかしてくる事に気付き、情報戦に敗れてしまった事に気付きます。
カイルと違い、大人しかったメイフィーは自分に本当の事しか言わない(言えない)と考えています。
クリスはこれを予想しており、十六歳当時のイメージを壊さないように手紙を書くように伝え、メイフィーはそれを実践しています。




