4 お父様
お母様とお姉様に連れられ、茶会に出かけようとしているとお父様が私を呼び止めた。
「メイフィー、今日は家に居なさい」
振り向いたお母様とお姉様は、怪訝そうにお父様を見る。
「実は、今から来る客人にメイフィーを会わせたいんだ」
「まさか……縁談ですか?」
お母様の表情が強張る。
「帰ってきたら内容は教える。遅れてはいけない。さあ、行きなさい」
「……分かりました。後でお話を伺います。ディアナ」
「はい」
二人は馬車に乗って出かけて行った。
(縁談……私の?)
ちょっとだけ……吐き気がした。
そのまま部屋に戻り、ベッドで横になって呼ばれるまで待っていると、玄関に誰かが到着した。
強くなり始めた吐き気を堪えて応接室に行くと、思っていなかった人が居た。
「こんにちは、メイフィー嬢」
そこに居たのはクリス様だったのだ。
お父様の隣に座って、向かい側のクリス様をあまり見ない様にお茶に視線を落とす。
まだ吐き気が収まっていない。顔にはあまり出ないが、悟られたくなかったのだ。
侍女が居なくなると人払いがされたらしく、部屋は私達三人だけになった。
「メイフィー、心して聞いて欲しい」
お父様はそう言って、とんでもない話を始めた。
私がクリス様の本当の婚約者で、お姉様とは婚約していないと言うのだ。
「どうして……」
「レオニス殿下が、ディアナを妃に望んでくれている」
デビュタントの夜を思い出す。やはり……そうだったのだ。
「ただレオニス殿下はディアナの二歳年下で、まだ臣籍に下る事も許されていない」
つまり年齢の問題もあり、結婚も臣籍降下も早いと思われていると言う事だ。……確かにそうかも知れない。ふと目の前のクリス様と目が合う。クリス様はにっこりと笑う。
そこには特に感情の色がなくて、幾分吐き気が収まる。
女性の方が年上の婚姻は、侮られがちだ。女性が行き遅れていたとか、男性が不甲斐ないから年下の令嬢と縁を結べなかったと言われがちなのだ。そんな事ないのに。
もしいきなりレオニス殿下が申し込んでいたら、お姉様は王命に近い婚姻に強い嫌悪感を抱くかも知れない。それこそ、無理矢理結婚させられると言い出しかねない。
「そこで、クリス殿にはディアナをふってもらう。……そこでレオニス殿下に申し込んでもらうつもりなのだ」
これはレオニス殿下に嫁ぐ事を、お姉様が受けるようにする為の茶番劇だ。しかしクリス様と私が婚約している意味が分からない。お姉様に恨まれながら過ごす未来に吐き気がぶり返す。
微かに体が震えたのを隣に居たお父様は感じ取って言った。
「心配しなくていい。お前には……この国を離れてもらう」
唖然として顔を上げると、お父様は寂しそうな笑顔で私を見ていた。
「クリス殿はこの国ではなく……隣国の公爵家を継ぐ事になる。お前は婚約者としてあちらの国に行くのだ」
デビュタントで光を反射したパリュールの輝きが、月明かりの中舞い上がる噴水のしぶきが、脳内できらきらと蘇る。
「……本当ならすぐ会える場所に居て欲しいと思っている。カイルもそうだろう。しかしそれは我々の我儘だ。お前の願いを叶えよう」
「お父様……どうしてそれを?」
「デビュタントの日、お前を探していて……聞いてしまったのだ」
『遠くに、行きたいな』
ガゼボで呟いたあの言葉を、探しに来たお父様は聞いていたのだ。
「この程度の事で、長い時間苦しめた事を償えるとは思っていないが、私の出来る精一杯だ。それに気にかかる事がある」
あの日、お母様が何故レオニス殿下に挨拶するのに一緒に来てくれなかったのか。
「デビュタントしたばかりで、右も左も分からない娘を一人で行かせるなど信じられず、私はシルフィを叱ったが……あれには自覚が無かった。陛下の幼馴染で、城の事を良く知っているからメイフィーにも分かる筈だと言った」
やはりと言う気持ちがあった。パリュールの時にも感じた静かな狂気。
「……メイフィー、シルフィはおかしい。お前を自分と混同している時がある。側に居る事でお前に何かあってからでは遅い。クリス殿と国を出なさい」
気付くのが遅いです。カイルならそう言っただろう。でも気付いてくれた。それは感謝しなくては。




