35 騎士団長様の裏の顔
メイフィーは聞き役です。
結局、王弟閣下からの提案でシュトラーゼ様を巻き込む事になった。実情を一番知っているのはシュトラーゼ様だからだ。クリス様が宰相室に呼んで話をしようとしたが、私も交えて話をしたいと希望されたそうだ。私がエリーゼ様を気にかけてくれたからだと言う。
屋敷に来てくれたシュトラーゼ様は、妹であるエリーゼ様の記憶が欠けた事情を話してくれた。
「俺は、エリーゼが霊峰に招かれた事を知って嫉妬しました。だから婚約を嫌がって逃げだした時にも、俺が捕まえて部屋に閉じ込めました。婚約をその間に父が結んだのです。……その途端、エリーゼが全く違う人格になってしまいました」
「違う人格?」
「素直に命令を聞くだけの人形の様になったのです。それまでは、年相応に普通に泣いたり笑ったりしていたのに」
「ロザミア様の道連れで婚約したとお聞きしていますが」
「それは、記憶を失ったエリーゼに父が吐いた嘘です。公爵からの申し出です」
王妃に夫人が対抗したのか。それを妻に甘い叔父様が了承したと言うところだろう。
何て巧妙な嘘。ロザミア様なら本当にやりそうだから、エリーゼ様は信じたのだ。私も信じた。
「御父上が何故そんな事をしたか心当たりはありますか?」
「父は、エンキーが嫌いなのです」
「騎士団長自ら求婚したと聞きましたが」
「父は、エンキーの鍛錬法を身に付ければ同じ力を手に入れられると思っていました」
私もクリス様も呆れてしまう。
「エンキーの能力は、そういうものではありませんよね?」
ローエル様が王妃に使った力を思い出す。見せられれば嫌でも分かる。
「はい……。父は短慮なんです。俺達が育つ事で理解しました。だから愛情は憎しみに変わりました」
「そういう事でしたか……」
苦々しくクリス様は呟く。
気づけば、家長でありながら最弱になっていた。辺境伯としてのプライドも騎士団長としての在り方もボロボロになったのだろう。母親を亡くした幼い兄妹は、騎士団長様に頼らねば生きていけなかった。頼るべき唯一の大人が悪意を持っていたとしたら……。
「俺は、結婚が怖いのです。エリーゼと違い、両親の関係を覚えていますので。だから跡継ぎにはなれません」
「それなら、エンキーとの融和政策を妨害した罪だけでなく、辺境伯家の存続義務違反にも問えますね」
「え?」
「そうでしょう?エンキーとの融和の証である子供達を虐げ、結婚出来ないように育てたのですから」
シュトラーゼ様が目を丸くする。
「今回のドレスコンテストで一番人気のドレスが、ローエル殿の工房です。彼が誰の為を想ってドレス工房を立ち上げたのかご存知ですか?かつての彼女は男装どろこか、愛らしい小物や人形を好んでいたし、素敵なドレスを着てローエル殿のお嫁さんになりたいと言っていたと聞いています。彼は、それをずっと信じていたのです」
……エリーゼ様の本来の姿が目に見える様だ。長い付き合いの私には分かる。彼女はそういう人だ。誰に聞かせるでもないのにピアノを習いたがり、結婚願望をのぞかせる。本当は剣術よりも刺繍が好きで、私は刺繍入りのハンカチをもらったのだ。
思わず涙が出てきてしまう。その子は確かに今も居る。それなのに……戻って来ないのだ。
シュトラーゼ様は顔を覆った。
「エリーゼは……レースの裾の付いたドレスを俺にみせびらかして『かわいいでしょ』って笑う子でした。ちょっと面倒だけれど可愛い妹で……だから俺は……今の妹を見るのが辛くて……」
暫くそうした後で、シュトラーゼ様は袖で顔を拭ってから顔を上げて言った。
「辺境伯は……エリーゼにして下さい」
クリス様が目を丸くする。
「俺よりも、エリーゼの方が向いています。まだローエル殿の契約が生きているなら、契約が成就するかも知れません」
私もそうなればいいと思う。
「そう言えば、君の御母上の死因は病死だったけれど、どんな病気だったのですか?」
シュトラーゼは暗い表情になって言った。
「母の病は心の病でした。食事が取れずに衰弱している所に風邪をひきました。茶会で王妃や公爵夫人に心を壊されたのです。……父が家の恥になるから出席して来いと、茶会に行かせ続けたのが原因です」
悪魔の所業だ。私はそう思った。
元侯爵夫人は、王族の令嬢と婚約したと自慢する王妃に、エンキーとの融和に考慮した辺境伯家の娘と婚約したと言う対抗策が欲しくて婚約者にしました。




